2017 / 08
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大好きな小川洋子さんの「博士の愛した数式」が生まれた背景や、作品を描く姿勢など興味深い話が出てきた。僕が一番面白かったのは
第一部「物語の役割」。
(二部「物語が生まれる現場」三部「物語とわたし」の三部構成)


作家が、作品を創ることだけが物語じゃない。
人が生きていくために、物語はうまれる。
そのことを、この本は伝えてくれる。

アウシュビッツで、密かに武器を集めていた囚人仲間たちが見つかって捕まり、公開処刑されるところを見学させられたユダヤ人作家、エリ・ヴィーゼルの体験を例に
「とうてい現実をそのまま受け入れることはできない。そのとき現実を、どうにかして受け入れられる形に転換していく。その働きが、わたしは物語であると思うのです。」 (P25)

生きていて、大きな絶望に直面して、これは現実の出来事なのかと思うような時にこそ「生きていくための物語」を育て上げることが大事。そのためには精神力や人間的直感、知恵が求められるのだろうと思った。
絶望のなかで希望の物語を紡ぐという矛盾の時、人は物語の大切な役割に直面する。


印象的だったことは、日航ジャンボ機の墜落事故で、生まれて初めての一人旅だった坊やを亡くした母の姿。
9歳の坊やが野球観戦で、大阪のおじさんの家に行くのを見送って、坊やは事故に遭う。

お母さんは、自分を責め、自分が子供を殺したという罪悪感に苦しむ。そんな哀しい出来事にあう。
事故から20年後、テレビニュースに映し出されたのは、そのお母さんが、遺族の集まりのリーダー的存在として空の安全のために活動する姿。その姿から物語の貴さを教えられたと、お母さんの姿を、小川さんは次のように書いている。

「現実を棘で覆い、より苦しみに満ちた物語に変え、その棘で流した血の中から、新たな生き方を見出す。」 (P36)

物語を紡ぐのは作家だけじゃない。「生きる活力を生み出す」物語を描けるような人生の歩き方をしたい。
だいそれた読者はいないけど、自分という読者に、面白い人生の物語を紡ぎながら歩きたいと思った。


(「物語の役割」小川洋子著 ちくまプリマー新書 2007.2)


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「小鳥の小父さん」と、周りの人から呼ばれていた、ある男の一生。
両親に先立たれ、信頼する兄もなくなる。
その後、近所の幼稚園の小鳥たちを20年近く世話する。
そして、鳥の本ばかり借りていたのが縁で、知りあった若い司書への憧れ…。
それは、人見知りな性格を変えるかに見えたが…。
司書に去られ、児童の誘拐犯との誤解を受けて、幼稚園に出入り禁止になる。
鈴虫の音色を聞く老人にあったり、庭にいた傷ついたメジロの幼鳥と出会って会話する。
彼が、人生の中で見たものとは…。


無常観が漂う哀しい話なのに、主人公の何とも言えない人柄に、親しみとある種の共感を覚える。
肉親などとの別れや悲しみに、死の影がついてまわる暗い話のはずなのに、読後感は優しく明るい。
それは作者が、リアルで澄んだ目で人を見つめるているから。

人生には、痛みや悲しみに落胆して落ち込んだり、ときめきや希望に満ちて、溌剌と過ごしたりする時間がある、
連綿と続く命の連鎖を思った。
誰も注目しない人生の舞台にも、誰もが遭遇する「微細な心の動きや、予期しない出来事」がある。
それを、ひとりの男の一生を通して、すくい取ってみせてくれた。


静かな。でも小説の企みが楽しい一冊。

(「ことり」小川洋子著 朝日新聞出飯 2012.11)

(お話)
◆ 人形を操ってチェスをする、伝説のチェスプレーヤー・リトル・アリョーヒンの物語。
決して、華々しくてカッコいい、逸話をもっている主人公ではない。
彼をとりまく暮らしは、哀しい別れに彩られている。
両唇がくっついた出生。
その手術で、脛の皮膚を移植し、唇に産毛が生える、それがもとで、いじめにもあう。
子供の時、両親が離婚し、同居した母親が突然亡くなって、祖父母に育てられる。
祖母に連れて行ってもらった、デパートの屋上にある立札が伝える象の話。
大きくなりすぎて、地上に降られなくなって、37年間、屋上で子供たちに愛嬌をふりまいて
一生を終えた象・インディラに、彼はいろいろな思いを巡らす。
そして、彼の住まいと隣家の狭い隙間に入って出られなくなった女の子が、人知れずミイラになり、今も壁に食い込んでいるという噂話に、寝る前のひと時、壁にいるというミイラに話しかける。
会ったこともないインディラとミイラが、子供の時の、彼の唯一の友達だった。
彼は、二人に思いを巡らせて、架空の会話を交わす。

ひょんなことから、バス会社の独身寮のバスの廃車に住む、寮の雑用係の男から「チェス」を教わる。
やがて、男のことを「マスター」と呼ぶようになる…。
リトル・アリョーヒンの生涯を描く、静かであたたかい物語。

(思ったこと)
◆ 暗く哀しい別れや出来事が、リトル・アリョーヒンに次々と降りかかる。
それでも、読後感は、ほんのりと温かい。
それは、彼が人の気持ちや命のことを、深く思いやり、読みとり、思いを巡らせる豊かな人だから。
彼はチェスに、試合に勝つ技巧だけではなく、一手一手の中に、音楽の音色を聴き、美しい色彩をみる。
そして、哲学も読み取る。チェスを教えてくれたマスターゆずりのチェスだ。

こんな一節がある。
「チェスは、人間とは何かを暗示する鏡なんだ」(76)
「相手が強ければ強いほど、今まで味わったこともない素晴らしい詩に出会える可能性が高まるんだ」(99)

もう一つ思ったこと。
人の「幸せ」と「哀しみ」。
二つは、明快に線を引いて分けられるものではなく、哀しみの中に「幸せ」があり、幸せな中にも「哀しい」出来事もある。二つが溶け合って、生は流れていくのかもしれない。
哀しみの真ん中にいても、歓びを紡ぎだす感性だって人は持てる。そうありたいと思う。

「慌てるな 坊や」という、マスターの幻の声が、ボクにも聞こえてくる。
心に響く言葉に出会えることも、小説の醍醐味だ。
平凡な言葉でも、作品の中の魅力的な人物が言うと、特別な言葉になって心に響く。宝物のような言葉になる。
自分を無見失いそうなとき、そんなマスターの言葉を、思い出すと思う。
「慌てるな 坊や」。

 何度も読み返したくなる。一人ひとりの人物に、血が流れている。命の鼓動が聞こえてくる。
豊かな言葉と、物語の面白さがつまった希有な傑作。


(小川洋子著 「猫を抱いて象と泳ぐ」 2009.1文藝春秋)


 岡山で暮らしていた12歳の朋子が、父を亡くし母と別れて、神戸の芦屋の伯父たちの一家と一緒に暮らす、一年あまりの日々のこと。
芦屋の家は17部屋もある洋館で、ドイツから日本に嫁いだ83歳のローザおばあさん、印刷物の誤植を探す伯母さん、ダンディな伯父(エーリッヒ健)さん、通いのお手伝いの小林さん、おばあさんと仲良しで56年住み込んで家をしきる米田さん、コビトカバのポチ子、朋子の一つ年下でマッチを集める従妹のミーナ(美奈子)が暮らしていた…。

◆ 多色刷りの挿し絵が美しい。新しい家は、昔、敷地内に動物園があったほど広い。初めて駅に迎えに来た伯父さんの車はベンツ。金持ち暮らしの夢がかなう物語という感想があるもしれない。
芦屋での暮らしから、30年を経た朋子が回想する過去を懐かしむ物語でもある。
暖かくほのぼのとした物語の空気の中に、老いのこと、病のこと、戦争がもたらす愚かしさと悲惨、伯父夫婦の影、いろいろなテーマがあって、物語の多彩な楽しみ方がある。
確かに、懐かしむ物語ではある。でもそれだけじゃない。
ポチ子のしぐさと、それに乗って通学するミーナにユーモアがある。でもそれだけでもない…。
喜びも哀しみも含んだ、ふくよかな作品。

◆ 一番印象的なのは、ミーナという少女のこと。
マッチ箱のラベルにまつわる豊かな物語を紡いで、箱に書き付ける想像のチカラの豊かさだ。病弱な自分の限界を越えようとする心の「遠出」はステキだ。

そして、見逃しがちな誰かの生の場面を、ミーナは見ている。
ミーナと朋子のバレーボール談義は楽しい。 
中で、ミュンヘン五輪の日本の男子バレーボールチームの猫田選手がミーナのお気に入りだ。
試合の華・スパイクで得点を決めるごとに注目し歓声をおくる観客。その影でトスをする場面は見落とされがちだ。たんたんとトスを上げる猫田選手。
ミーナは彼へのファンレターに書いた。
「その静けさの中には、次の瞬間に起こる爆発の準備が、もう整っています。」(P227)と。
そのミーナから猫田への手紙を、朋子は「一筋の光のようなパスだった」と表現した。

◆ そしてもう一つの感想。
誰にでも存在している「時間と日常」を個人がどんな風に受け止めて歩くのかということ。
病弱だったミーナが歳月を経て変化していく姿。
それが「ミーナの行進」でもある。
それは、世界を読みとって自分の世界を広げていく歩みなんだなぁと思いながら読んだ。

(小川洋子著「ミーナの行進」中央公論新社2006,4)


本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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