2017 / 08
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ヒロインの梨花という人間の中に、相反する二人の自分が住んでいる。
罪を否定し憎む自分と、物欲を万能の神のように感じ、身を委ねて自分の存在感を感じる自分。
わかば銀行支店に務める41歳の契約社員の梅澤梨花が約一億円を横領して、海外へ逃亡する。
彼女は、なぜ事件を起こしたのか?逃亡の行方は?

梨花の日々や内面を描きながら、かつての中学・高校のクラスメートの岡崎木綿子。梨花と男女の付き合いをしたことがある山田和貴。料理教室で知り合い、料理本の出版社で若い主婦をターゲットに刊行した雑誌の編集をしている中條亜紀。夫・正文との生活。営業で家を訪れる梨花に、ネックレスをくれて食事に行こうと頻繁に誘う70歳代半ばの顧客・平林孝三。その孫で、梨花が恋に落ちる相手・平林光太などの、梨花の周辺の人物たちとの関わりや、当人たちの生活を描いて金や物欲と人間の関わり、心の揺れを重層的でリアルに描きだしている。
梨花が一線を超えて、エスカレートしていく姿にドキドキする。

梨花の行動と共に様々な人物が描かれる。
中でも、中條亜紀が出てくる最後の場面は心に残る。
「銀行のお金を着服した梨花を亜紀は思う。事件のことを知ってから、まるで彼女が自分の内に棲み着いたかのように、亜紀は梨花のことをよく思い出す』 (P312)終章で、亜紀が離婚して別居中の夫と暮らす娘・沙織と時々会う。亜紀が、沙織との関係の変化に涙する場面は、この物語のテーマの一つと思われる金や物欲に翻弄され、形あるものだけに心を拘束される人の弱さや哀しみを描いていて印象深い。


自分の存在感を、物欲や紙幣だけに支配されてしまうのは哀しい。
それはパックリと口を開けて今の時代に大手を振っている、ひとつの価値観。
自分の中にも矛盾や弱さが棲んでいる。誰の身にも自然のきらめきを放つ本物の月ではなく、空虚な「紙の月」を見上げる可能性が潜んでいる。
そんな時代だから、チビチビと盃片手に、本物の月を見ながらゆったりするのがいいなぁ。

読み応えがあって、いろんなことを思わせてくれる角田さんの傑作


( 「紙の月」角田光代著   角川春樹事務所2012.3)

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◆(ものがたり)

出版社入社三年目の那波田空也は文芸部配属の希望に反して、存在も知らなかった「ザ・拳」というボクシング雑誌編集部に異動になる。不運をぼやきながらボクシングのイロハを学び取材をしていく。担当の四つのボクシングジムのうち「鉄槌ボクシングジム」の練習生にもなる。

そこで出会う様々な人間像。人懐こさと悪意を併せ持つトレーナーの有田。華がある悪役を演じるジムの花形ボクサータイガー立花。周囲に好かれ、空也と同期なのにマイペースで頭角を現してくるボクサー坂本。坂本の友人で小学生の頃から14年通っているが、敗戦続きで芽が出ずに悩む中神。後半タイガー立花と組む、ボクサー経験はないが一風変わった名トレーナー萬羽

金も名声もめったになく、故障や後遺症や死の危険すらあるボクシング。
彼らは、その「拳」で何をつかもうとしているのか?本職ボクサーではない空也は何を思い、何を感じ取るのか?

彼自身の「拳」は「ザ・拳」の日々で何をつかむのか?

アッチッチ な 試合場面。
くりだされる人間の苦悩、乗り越えようと、もがく人たち。
面白さに、釘付けになった あつ~い一冊。

◆(おもった)

「八日目の蝉」を読んだ時もそうだったけど、いくつもの思いが読むたびに交差する。湧いてくる。
そのいくつか。

★「試合場面の圧倒的な迫力」。会場で試合をリアルタイムで見ているような迫力と熱気が文字から立ち上ってくる。一人の部屋で本を読みながら、立花たちに声援をおくりたくなる。

★★一筋縄ではいかない人間の不可思議さが印象的。
人懐こさと悪意を体現している鉄槌ジムトレーナーの有田の行動。

★★★人間の「強さ」って何だ?
立花、坂本、中神の鉄槌ジム所属ボクサーたちの生き様、試合場面。
三人が試合にかける姿や、苦悩、心の育て方が興味深い。
「強いから勝つんじゃない、勝つから強いんだ」という言葉が出てくる。彼らを見ていると「強さ」は、勝利への強固な思いを持って、試合の怖さを知っている故の、反復練習の中で静かに磨かれていくのかもしれない。
「強さ」って固定されてそこにあるものじゃなく、育てるもの、つかみ取るものだなぁとも思った。

★★★★金も名声もめったになく、故障や後遺症や死の危険すらあるボクシング。
なんのために、何を求めて彼らはボクシングをするのか?
「熱狂する生、面白い生、を諦めない。未知のかなたにある世界を見たくて、拳で追い求める。」
登場するボクサーで最も深く描かれている立花の言動には、そんな思いが、眩しいように散りばめられていると思った。


◆雑誌記者としてボクサーたちに接しながら空也は思う。実は「闘いの種類や相手や方法が違うだけで。」(P463)
ボクサーに限らず、誰しもその人の「拳」を持って生きているんだと。

僕らはこの生身の「拳」で何を求め、何を掴むんだろう?

血湧き肉踊る人間ドラマ満載の、超オススメ本!


(「空の拳(そらのこぶし)」角田光代著 2012.10 日本経済新聞出版社)


◆ 角田さんのエッセイは、サクサクと読める。爽快な気分になる。
例えば、モロッコの砂漠の一泊ツアーで寝たときのこと。
「毛布というより、星空をかぶって寝ている気分
「明かりのまったくない砂漠で、月は月らしからぬ輝きかたで夜空を這っているのだった
(「UFOと火星」)読んでいると情景が浮かんでくる。

今はいない、おばあさんの味を再現したくて、梅干を漬ける話には、味の向こうにおばあさんの姿が見える。

◆ ボクシング観戦(特に「はじめて」の勝敗を感じやすい四回戦ボクサーたち)で、「強くなる」ってどんなことか、その思いを書いている。小説を書くことは「心底負けたと思い知る」ことから始まると実感を述べている。成功したい願いと、うまくいかない現実との落差に落ち込んで何かが始まるということだろう。ボクシングでも、生きることでも。
「強いということはものすごくしずかなことなのだ」という言葉も出てくる。
この「しずか」という表現が面白い。

◆ ニヤニヤしながら読んだ二部。
液だれしない「醤油さし」を探し、佳境にはいっている映画が上映されいる会場でメール受信をする人が気にかかり、道端で物売りから声をかけられてとまどい、今まで訪問した国の数を質問されてあたふたとし、「ゼロ、ひとつ、たくさん」しか数をあらわす言葉がない民族に思いをはせる。下品、下劣、メチャクチャな映画が好きなことに、改めて自分を発見し、家の中の最適な読書の場は「風呂」だという彼女の指摘に共感し、本を読むことの楽しみは「創ることの自由さ」にフンフンと、鼻息荒くウナズイタ。
 
本の題名は、最後に収められたエッセイと同じ。
肩書きや名誉を誇示したりしないで「花が美しさを誇示せずそこにただ在る
そんな生きかたをしている、ある人との出会いの話。そんな大人のステキさ。

飲み屋で親しいともだちと話すような、オモシロマジなエッセイ集。

(角田光代著 「何も持たず存在するということ」 幻戯書房2008.6)

◆  なぜ「八日目の蝉」なんだろう?
この題名の意味するものは、哀しいのか?

(すまぬ!あらすじは、後に書くので、ご覧を。)

蝉は、7年間、土中で生活して、地上に出たら7日ほどで死んでしまうという。
短かすぎて、あまりにもかわいそうだと、子供の頃の秋山恵理菜は思う。

大人になって彼女は思う。蝉は7日で死んだほうがよい。もし8日目まで生きると
仲間が死んでしまったのに、自分だけ生き残る、そのほうがかなしい。
その蝉は「息をひそめて幹にしがみついている気がした。
生き残ってしまったことを悟られないよう、決して泣かないよう声をひそめて。」いるようだからと。
誘拐されて身を寄せていた、子供の頃「エンジェルホーム」という宗教施設で一緒だった
千草と再会して言葉を交わす。

 後半で、千草が秋山恵理菜に言う。
(上述の蝉の話のように)私も、そうだと思っていたけど、
それは違うかもしれない。
八日目の蝉は、他の蝉が見られなかったものを見る。
それはひどいものばかりではない、と。
そして、千草の意見に恵理菜も思う。
「乳児連れ去り事件」でわたしと三年半過ごして逮捕された野々宮希和子も
(恵理菜もその両親も)「今この瞬間どこかで、八日目の先を生きているんだと唐突に思う。」

◆  こんな感じで「八日目の蝉」についての見方の変化が、恵理菜たちによって語られる。
それは、生き方に対する考えの深化でもある。

男女三人(希和子と薫こと秋山恵理菜の両親)の大人たちの「事件」の前後からの苦しみと悲しみ
希和子が逮捕された後、恵理菜は三人への不信をかかえて大学進学とともに
親元を離れて暮らす。そして岸田と出会って妊娠する。
葛藤の末に「産む」決意をかためる、それまで避けてきた「事件」の現場を訪ねる旅に千草と行く。
そして、自分と別次元の遠い人だと思ってきた希和子が、逮捕というときに、自分を気遣った言葉(『その子は朝ごはんをまだ食べていないの』)を思い出す。
そして血縁のない彼女が、薫に深い愛情を注いだこと、その思いが自分の命の中に流れている。
実母・秋山恵津子と等しい母親だったことを知る。
息をひそめるような生じゃなく、堂々と誰かのことを愛して命を拓いていくことへの
励ましが込められている。


◆  (あらすじ)
野々宮希和子は、不倫関係にあった、秋山丈博と妻・恵津子の間に生まれた、生後半年の赤ん坊・恵理菜を、アパートから連れ去り、かつて丈博と話した名前「薫」と命名して、三年半の逃亡生活をおくる。
丈博との間に出来た子供を堕胎したことがあり、「薫」を本当の自分の子供のように思い、慈しんで可愛がる希和子が悲しくもあり、微笑ましくもあった。
友人・老女・宗教団体「エンジェルホーム」・友人の実家などを渡り歩いた末に、希和子は逮捕され、幼い恵理菜は両親と妹の元に帰る。

二章は、薫こと恵理菜の視点で語られる。
月日は流れて、恵理菜は大学の合格とともに、両親や妹から離れて一人で暮らす。
バイト先で知り合った妻帯者・岸田の子供を身ごもり、堕胎するつもりが、医師の
つぶやきを聞いて産むことを決める…。


  読みながら、いくつものことを考えた。
男女の愛と、命を育むということ。親子のこと。
人生と「もしも…だったら」ということ。
憎しみと愛すること。マスコミとの付き合い方のこと。
風景と人の情感のこと。etc

又、読み返したい本に出会ってしまった。

(角田光代 著 「八日目の蝉」 中央公論新社 2007,3)


本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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