2017 / 05
≪ 2017 / 04   - 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 - - -  2017 / 06 ≫

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


◆「放浪記」などの作品を残した作家・林芙美子の戦中戦後を描いた評伝劇。
「戦争は儲かる」という世情にのせられて、人気作家という立場から「軍国主義の宣伝ガール」として"太鼓たたいて笛を吹く"ように、文章や講演会で戦意を煽りまくった。しかし昭和20年3月シンガポールなどの戦場を見て帰国後の講演で「キレイに敗けるしかないでしょう」と発言、小説も随筆も書かず、国策のラジオ放送にも出なくなる。

儲かるはずの戦争が、ひもじい子供たちをうみ、餓死者山積みの兵隊を、空襲による一晩十万人の死という現実を生みだした。それを、目の当たりにした芙美子は、戦争は「儲け」ではなく、悲惨と涙を強要するものだと気がつく。
戦後は、自分が誤った戦争を煽ったことを反省とお詫びを込めて、戦争の悲惨、苦しさを、弱い心臓をいたわりながら、徹夜で書き続けて持病が悪化して、亡くなる…。

◆◆重く哀しい物語が、歌と踊りのミュージカル仕立てで、随所に笑いがおこり、観劇の楽しさに溢れていた。
こんな劇中歌が出てくる。観客席の前列中央で、ピアノを弾く朴勝哲の演奏も素晴らしく演者と絡んだりしてライブ感満点。
 ♫ ひとりじゃない 心の声に耳をかたむけるなら
ひとりじゃない
真昼の木蔭 
真冬のストーヴ
春なく小鳥
秋の果物
みんなきみのため
雨が降っていても 雲の向こうではお日さまがやさしく輝いてる
それもきみのため ♫


歌に人間への愛しさが溢れていて、ストーリーの哀しさにもかかわらず、人間っていいなぁと思う。本で読んだ戯曲も充分面白いけど、そこに、俳優たちが、人間の息吹をリアルに吹き込む。初めて観た「こまつ座」の舞台はサイコーだった。
大竹しのぶ は芙美子役を、状況によって、可愛い高音の声から、ドスの聞いた低音まで演じわけて歌もセリフも七色の輝きがあった、年齢不詳の天才役者って感じ。
母キク役の梅沢昌代は、ちゃっかり逞しい役が楽しい。
木場勝己
は、レコードプロデューサーから内閣情報局に変わり、戦後はアメリカの音楽民主化主任とコロコロと無批判に時代に合わせる三木孝役を好演。
神野三鈴は、行き場のない子供たちを守ろうと活動する、島崎こま子役を真面目に演じ抜き。
山崎一
は行商人から特高課刑事、戦後は新宿署勤務と時代に合わせる加賀四郎を演じた。
阿南健治
は、土沢時男を好演。彼は、行商人から遠野で婿養子になり農業をしていたが、出征し実家に戦死公報の通知があったが、実は生きていて、復員してみれば、再婚して子供もできたという妻と別れる。芙美子たちと再会し、その哀しみと芙美子の物語に助けられたことを語る場面に真情が滲んでいた。

「戦争は儲かる」という考え方は、過去のことじゃなく、この時代にも、世界のあちこちにある。
そして、戦争の始まりは美しい言葉から始まる。武力増強の理由。なんで戦争が必要なのか。「平和の為に戦争が必要なのだ」と…???
戦争ゲームのような安全地帯もなく、リセットのきかない。一つだけの、一度だけの生命が、狙い狙われ、奪い奪われる戦争。個人の人生を、無茶苦茶にする。


戦後、林芙美子が悔やんだようなことのない国であって欲しい。
人気作家が、国家統制に力を貸したり、「軍国主義の宣伝」ボーイにもガールにもなって欲しくない。
ある人気作家が、先の都知事選の応援で異なる信条の人に対して「人間のクズ」などと叫んだこと。
哀しく情けなかった。
面白い本を、いつまでも自由に読める国であって欲しい。

井上さんのこの戯曲、こまつ座の演劇。深くて大きな物語が、わかりやすくて楽しい会話と、歌や踊りの中にギュッと詰まっている傑作。


( 「太鼓たたいて笛ふいて」 井上ひさし著 全芝居その六所収 新潮社)



スポンサーサイト

生前放送された、NHKBSのロングインタビューの書籍化。
三十代で早逝した作家を目指した父親のこと。
地主の子だったが、農地解放運動を目指した父。
みんなが戦争遂行一色の思想を強要された戦時中、井上家の空気は国の方針と違っていた。
「お前はアカの子だから」と赤いキャンデーしか買えなかったそうだが、彼はこんなふうに振り返る。

「ほかの子と違うふうに言われて、傷つくようなことはありませんでした
根が楽天的なんでしょう 何でもいい方へ、いい方へ 考えて暮らしていたように思います」
P14と。

そんな父親のこと、親分肌で、逞しく、他人を疑うことを知らなかった母親のこと。
母親と離れて暮らした「児童養護施設の青春」のこと。将来の道を作家と決めて映画を観まくった
高校時代。方言コンプレックスと大学時代。国立料所勤務時代のこと。
落ち込んでいた自分を元気づけてくれた文学との出会い。大学に通いながら、親掛かりをやめたいと、浅草フランス座の文芸部員なったこと。そこでの、渥美清たちとの出会い。フランス座のコントを書きつつラジオドラマを投稿していて、ライバルが藤本義一だったこと。NHKラジオからの誘いで専属ライターになったこと。「ぼくの創作術」「創作の喜び」では、劇作の魅力を語っている。芝居は「一番厳しく、しかも面白い。贅沢な芸術です。」P86 そんなふうに芝居の魅力を語っている。

◆ボクが最も印象深く心に残ったのは「笑いとはなにか」のところ。
「ロマンス」などの井上作品の中でも、しばしば語られるセリフがインタビューの場で
彼の哲学として語られている。

生きていくこと。人間という存在の中に悲しみや苦しみは備わっていて、どんなふうに生きても「恐ろしさやかなしさ、わびしさや寂しさ」は必ずやってくる。「でも、笑いは人の内側にないものなので、人が外と関わって作らないと生まれないもの」P90 人を悲しませるのは簡単だけど、笑いは作らないとできない共同作業だと。
これは「一番人間らしい仕事だと思う」と。これは井上さんの作家活動のエッセンスだなと思った。
そして、人生って作家じゃなくても笑いのセンスが大事だと思った。


◆もう一つ。「本とのつき合い方」にでてくる「知恵の育て方」のこと。ここは個人的な深読み。
体にどんどん入れる情報がいくつか集まって、知識になります。その知識を集めて、今度は知恵を作っていくのです」P30さらっと言っている知恵を生み出す作業のこと。
当たり前の知識を自分の中に蓄積することは、地味な日々の営みから生まれてくる。
知恵を育てていく積み重ね。やんなきゃなぁと強く思った。

この本を読みながら「哲学と日々の歩み方」のことを考えた。

(井上ひさし著「創作の原点 ふかいことをおもしろく」2011.4 PHP)



通勤電車の中で、読んだのがいけなかった。
こみあげてくる笑い抑えるのが、タイヘンダッタ。

でも、笑うのは身体と心にとってもいい。
一日の、あれやこれやの疲れる出来事に、少し力を抜いてつきあえる。
すると、気分が楽になる。
すると、心身の疲れも少し軽くなるってわけ。

◆江戸の大店の薬種問屋の道楽息子・清之助が、たいこもち・桃八と品川の
女郎遊びに行き、ふとしたことから、小舟で嵐の中を漂流するはめになる。
通りかかった別の大船に助けられて、釜石をふりだしに、二人は各地を、ケンカ別れのような時を
はさみながら波乱万丈の旅をする。
命からがら9年ぶりにたどり着いた江戸は、東京と名を変え、江戸から時代も変わろうとしている。
若だんなの両親は、この世を去って無く、妹も行方知れず…。
店は潰れて焼失し、跡形もなく消えていたて…。

◆物語の現実は悲劇的で波乱万丈なのに、これでもかの言葉遊びと挿入歌、二人の奇想天外な行動に
何度も笑った。
井上さんの小説「江戸の夕立ち」を舞台化した戯曲。

最初の舞台を観てみたかった。
そのメンバーは桃八(なべおさみ)清之助(高橋長英)
若旦那が惚れる花魁・袖ケ浦他複数役(太地喜和子)他。

井上さんの持論。
「涙の谷」のような現実を、「笑い」という人間の知恵で面白くしよう
という思いが結晶している作品。

巻末の解説に、井上さんの言葉が紹介されている。
「正しいことはただひとつという単眼の世界で成り立つのは悲劇だけであり、
そのことについて妥当な見方が二つ以上ある、というのが喜劇の基本的な立場」
(エッセイ「パロディ志願」より)

複眼の視野が持てるような、歩き方をしたいと、とっても思った。
先回ここに書いた、長田さんたちの詩画集とともに、とても心に効く一冊。

(井上ひさし著 「たいこどんどん」新潮文庫「しみじみ日本・乃木大将」に収録1989.3)



遅ればせながら、出あえてよかった!
井上ひさしの、渾身の戯作者魂が、胸にズンときた。

◆(おはなし)

与七(後の十返舎一九)。
清右衛門(後の曲亭馬琴)。
太助(後の式亭三馬)。

まだ無名の戯作を志す三人に、材木問屋伊勢屋の若主人・栄次郎から、
洒落で影武者になってほしいと依頼がある。
絵草紙の作者になりたい。人を笑わせたい、少し奉られたいが、自分には才能がない。
そこで自分の作品を、三人に影武者で書いて欲しいという依頼だ。
酔いに任せて、三人は「百々謎(ももなぞ)化物名鑑」をでっち上げた。
その戯作を、栄次郎は、辰巳山人というペンネームで売り出そうと、様々な奇行で世間の耳目を引こうとするが、さっぱりだった。
本人に伏せて、三人が仕組んだ、金に物を言わせたサクラを使って、本を売る作戦もばれてしまう。

栄次郎は、本気で戯作者になるため、先人の作者たちの行動をまねて「奇行」で笑わせようとする。
「親に勘当される、婿養子に入る、女に狂う、養子先を追い出される」
自らのそれらの行動を記事として、かわら版に売り込んだりも…。
すべては、彼本人のはかりごと。

更に「吝嗇吝嗇山(けちけちやま)後日哀譯」を書く。
幕府を、茶化し風刺した作品として、手鎖(手錠をかけられる刑罰)や所払いなどの、お咎め(刑罰)を覚悟していると、三人に打ち明けるが、またもや世間から注目されない。
そこで、栄次郎は、以前に町奉行勤め経験のある、与七に金を渡して、
「ご政道を茶化し、あげつらう、けしからぬ絵草紙」と、密告してくれるように頼みこむ。
結果は、幕府は洒落で、版元咎めなしで栄次郎には、三日間の手鎖を科す。
やがて、世間は、彼のことを「豪儀な馬鹿」な男と評判がたち、本が売れ始める。
更に彼は、趣向で世間の注目を浴び、江戸中あっと言わせようと、洒落で、優雅な心中をくわだてるが…。

◆(思ったことなど)

「笑わせる」作家を志した作者の覚悟が、登場人物たちの姿に、オーバーラップした。
井上ひさしの、気合がグイグイと胸に迫ってくる。
最後のどんでんがえしの、仕掛けの面白さ、見事さにもうなった。


そして、栄次郎の歩みを見てきた三人が、腰を据えて、作家として歩き出す、その思いや姿に、人が「本気」の熱意をもって何かにむかうことや、生きることの意味を思った。

もう一作、収録されている「江戸の夕立ち」も、たいこの桃八と、大店の薬種問屋鰯屋の若旦那が繰り広げる波乱万丈の道楽伝。ワクワクと笑わせてくれる。巻末の勘三郎の解説に前進座が「たいこどんどん」という外題で、上演しているとか。とっても観てみたい。

読んでよかった。
熱があって、笑えて、哀感も残る。
読み物の面白さが、いっぱいだ。

(井上ひさし 著「手鎖心中」 2009.5 新装版文春文庫)


◆(おはなし)
売れなかった作家(「ブン」が売れて作者もびっくり。)・フン先生の作品「ブン」の生原稿から、
何一つ不可能はない四次元の大泥棒・ブンが生まる。
そして、きっかいな事件が多発する。
奔放な設定と笑い。痛烈な風刺が効いている、井上ひさしの初めての小説。


◆(思ったこと)
抱腹絶倒。軽い読みごこちで、スラスラと読める。
その作品の中に、権威を笑う風刺が込められている。

後半の、フン先生とブンの会話が印象的だ。
泥棒なのに金銀財宝ダイヤモンドではなく、人の心を盗むようになったんだなと
フンが指摘するとブンはうなずいて、人間の好きな「権威」を盗んでいるんだと言う。
それは「人を思いのままに動かすことのできる、あるもの。」だと。フン先生が、なぜ権威をもつことがいけないのかときくと、ブンが言う。「人の目がくもりますもの。権威をもつと、人は、愛や、やさしさや、正しいことがなにかを、忘れてしまうんです。そして、いったん、権威を手に入れてしまうと、それを守るために、
どんなハレンチなことでも平気でやってしまうのだわ」(P140)
自分も含めて、人間が権威に弱い場面は、世間のあちこちに、いっぱいある。
ドキッとするような、指摘だ。


処女作から、大量の笑いと風刺、権威を笑う作家だったんだなと、読みながら思った。
「ひょっこりひょうたん島」みたいに、人形劇にしたら面白いかも。


(井上ひさし著「ブンとフン」新潮文庫)



◆(おはなし)
戦後間もない頃の、東北の高校生たちの物語。
稔、ジャナリ、デコ、ユッヘと、転校生・渡部俊介が巻き起こす、恋と妄想と珍事件。
つまりは「十代のあやまち」。
そして、忘れがたい大人たち…。

◆(思ったこと)
井上さんが通っていたころの、東北の男子高校がモデルのようだ。
主人公・稔が、とってもおバカだ。すれ違う女生徒に抱くたくましい妄想と精力過多。
つまりはスケベ。
彼だけじゃなく、友人たちのジャナリ、デコ、渡部俊介、ユッヘも
おバカパワー全開で巻き起こす、珍騒動の数々…。
ギャグのシャワーが、あめあられと降り注いで笑いっぱなしの一冊。

それから、そこに登場する大人たちが、子供の成長を応援する真情にあふれていてかっこいい。
例えば、女性を押し倒す妄想ばかりする彼らに、命がけの恋のことやそれができる時代を大事にいきる覚悟を
まっすぐに説く教師・軽石。
生徒を守るために、校長の肩書き投げだす校長・チョロ松こと、松田校長。
実に印象的な、かれらを見守る大人たちの態度。

あとがきで、井上さんは、敗戦後の数年間、軍国主義の時代を反省して
「子供たちをあくまで信頼しようというやり方」で
「大人たちが子供たちの意志を懸命に後押ししていた時代があった」ことを書きたかったといっている。
そんな心情も、感じられる。

「青葉繁れる」このなんとも気持ちのいい本の題名。
彼らの青春時代と戦後という時代の青春がオーバーラップする、のびのびとした空気が流れている。
この伸びやかな空気がいい。この伸びやかさは過去だけでなく、今と未来にも流れていてほしい。
きらきらと輝いていたい、ぼくらの心の中のささやかな青葉。
それが、風に揺れながら、もっときらめいて繁っていくイメージを、ぜひ持っていたいと思う。


笑えて、きりっとした場面が嬉しい。
気分最高の一冊。

(井上ひさし 著 「青葉繁れる」 2008.1 新装版・文春文庫)

◆ (おはなし)
昭和を代表する落語の名人二人。円生と志ん生。
太平洋戦争末期、バラ色の暮らしを夢見て渡った中国だったが
戦局が変わり、関東軍が敗走。敗戦国となった悲惨な日本人たち。
中国大連に、足止めされる二人…。


◆(思ったこと) 
落語が大好きで、円生と志ん生の残されている限りの、落語の音源を集めていたことがある。
これは、二人の落語家の、太平洋戦争末期の日々を描いた戯曲。
二人の口跡が、イキイキと伝わってくる。
志ん生の、破滅的で楽天的なキャラクター。
円生の、生真面目な持ち味。
二人のタイプが、面白く描かれている。

この作品には、噺家への尊敬と共感のようなものが
込められている。

作者が語り、他の作品でも描かれてる「笑い」を、能動的につくる意味が、次のような主旨で語られる。

人がうまれて生きる「この世」は、先天的に「苦しみや悲しみ、災難や別れという涙の種」が運命づけられている。苦しみや悲しみが、放っておいても生まれてくる「涙の谷」だという。
先天的な「涙の谷」に備わっていない「笑い」をつくることは人間の証として生きること。
その仕事の一翼を担うのが噺家。


笑いの知恵を育てて、面白い人生をつくりたいと、とっても思った。
井上さんの思い…いいなぁ。

 
(井上ひさし 著 「円生と志ん生」2005.8 集英社 )

本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。