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三浦さん、目の付け所がいつもユニーク。
林業だったり、辞書の編集者だったり。
今回は、老人二人が主人公。

◆◆幼なじみの「政」こと国政。つまみ簪(かんざし)職人「源」こと源二郎。二人は73歳(途中加齢)。
共に一人で生活しているが、生活感などは真逆なほど対象的。
でも、喧嘩をしつつも、互いを大事に思っていて、不思議と気が合う。

「政」は、銀行員として家族をかまわないで働き続けてきて退職。今は年賀状もわずかしか来ない。
彼が70歳の時、妻は長女夫婦の元に行ったきりで帰らず、便りもなくなった。

「源」は職人としてハツラツと働き、弟子の徹平に自分の技術を伝授しようとすバリバリ現役。彼を師匠と仰ぐ弟子の徹平は、元ヤンながら今は職人修行に熱心、美容師の恋人ナミにも愛されている。若い二人から慕われる「源」の境遇に「政」は嫉妬している。
肉親はいるものの別居して、一人暮らしの「政」。
東京大空襲で肉親をなくし戦争で父が戦死し、最愛の女性と結婚するも40歳代で他界して、天涯孤独な「源」だが悲壮感はなく、ナミに禿頭のわずかな残髪を、赤、ピンク、緑と染めてもらい、歳を気にせずおかしな格好をしている。同時にかなりの頑固者。政と源のやりとり、徹平と彼らのやりとりが、珍妙で真面目でなんとも温かい…。

「政と源」「幼なじみ無線」「象を見た日」「花も嵐も」「平成無責任男」「Y町の永遠」の6話。

◆◆◆読みながらいろんなことを思った。
老いの受け止めかたと、生きかたの問題。死別のこと。本当の男女の繋がりのあり方。金で計れない価値としての「つまみ簪(かんざし)職人」という生きかたと社会の仕事に対する考え方の問題。

前作「舟を編む」に続いて、人生の時間のことが、悲しく愛おしくユーモラスに描かれている。
彼女の作品を読むと、もっと人生の時を味わったりかみしめたりしながら生きなきゃなぁと強く思う。「源」は母やきょうだいを、東京大空襲で殺された。飄々と屈託なくきているように見えて、心に悲しく深い傷を負っている。彼の真の思いを親友の「政」に吐露する場面がでてきて、その深い悲しみに心が痛くなった。
読みながら、戦火の時代が再びこないで欲しい、殺し殺される社会はまっぴらだと思った。



この戦争社会の再来の危惧がある、与党が強行可決しようとしている「秘密保護法案」は、個人の上に国家を持ってきて「あれも秘密、これも秘密、何が秘密かも秘密です。」っていう法案で主権者の国民の権利や生活を脅かすと世論の批判が広がっている。この法案は、情けないことに全ての日本人の未来に、ナイフを突きつけている物騒な代物。「源」が味わったような戦争はまっぴらだぜぃ~!

さてと、この物語を読みながら
自由で豊かな生き方って、どんな生き方なんだろうとだろうと考えた。
この物語には、スーパースターは出てこない。
ただ、珍妙に見える二人の老人の日々を描いている。
笑いまくりつつ、ほろりとさせる上質な人情噺のような物語だ。
この物語は、限りある時間を生きる愛しい命のことを、しみじみと考えさせてくれる。
印象に残ったこんな言葉。
「ゴールや正解がないから、終わりもない。幸せを求める気持ち。自分がしてきたこと。それらに思いを馳せては死ぬまでひたすら生きる、その時間を永遠というのかもしれない」(P243)

ボクらは、限定された人生の時間の中で、永遠の瞬間を感じながら生きるんだ。きっと!

若き日の源と花枝との結婚に、政が一役買う「花も嵐も」は特に好きな一編。
読み返したくなる味のある傑作。


(「政と源」 三浦しをん著 集英社 2013.8)


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◆(物語)

シリーズの前作「神去なあなあ日常」では、高校を卒業した平野勇気が、担任教師と両親の申し合わせで三重県の山奥にあるとされる神去(かむさり)村(架空の村)でまさかの「林業」に取り組むことになる。。
「なあなあ」というのは、神去弁の口癖で「ゆっくり行こう」「まあ落ち着け」など幅広い意味合いがある挨拶のような言葉(これも三浦さんの創作の言葉)。最初は嫌だったこの村での暮らしに馴染んできた。

さて、今回はシリーズ二作目。主人公・勇気は20歳になった。彼が同居させてもらっているのは、一緒に仕事をしている飯田与喜ことヨキの家だ。短髪の金髪で、30代前半の山仕事の天才だが性格に問題ありで、野生の勘で生きているような男だが、チャキチャキの妻・みきさんにリードされている(実はとってもラブラブなのだ)。もうひとりの家族・繁ばあさんは村の長老として尊敬されている。犬のノコもいる。ヨキと共に一緒に働いている仲間は、勤め先の中村林業(株)の30代だが面倒見がよく「おやかたさん」と呼ばれる中村清一さん。50代の田辺巌さん。70代半ばだが現役の小山三郎じいさんたち。

勇気が、夜中に一人パソコンに向かって、日々の見聞を綴るかたちで語られていく物語。
「第一夜・神去村の起源「第二夜・神去村の恋愛事情」「第三夜・神去村のおやかたさん」「第四夜・神去村の事故・遭難」「第五夜・神去村の失せもの探し」「第六夜・神去村のクリスマス」「最終夜・神去村はいつもなあなあ」

◆(思った)

今回は勇気の周りの人たちの人柄や家族・恋愛・村の成り立ちが、より詳しく語られている。
第二夜の話で、暴れん坊で女にもてたヨキとの馴れ初めを、みきさんが勇気に語る場面は面白い。そして、勇気が惚れている小学校教諭の直紀さんのことを思う。
第四話では、昔、清一やヨキの両親を始め村人16名が乗っていたバスの事故で亡くなった話が出てくる、ヨキが小学5年生で、清一が高校生の頃のこと。物語の前面には出てこないけれど、どこかで生と死のつながりを意識させる記述がでてくる。生と死は深くつながっていることを意識するって大事だととても思った。
今回の物語の大きな柱は、勇気の直紀さんへの恋の行方だ。周りの人たちの生き方や直紀さんに対する思いが深まるにつれて勇気が「俺のなかにも、たしかに信頼と愛が存在するんだってこと」(274)に思い至る。それは、普遍的で深い思い。これは「舟を編む」のなかにも流れていた。

生きるってなんだ?「信頼と愛」ってどういうことだ?
そんなことを、楽しく思わせてくれるしみじみといい作品。


(「神去なあなあ夜話」三浦しをん著 徳間書店刊 2012.11)



五条②
「本屋大賞」になっても、ならなくても。昨年読んだピカイチ!

図書館で借りて二度読んだ。
自分で買って三度読んだ。読むたびに新鮮で読書の楽しさを感じた。

◆(お話)
手っ取り早く利益を生む週刊誌でも華やかなファッション誌の編集部でもない、「大渡海」(広辞苑クラスの辞書)をつくる辞書の編集部が舞台だ。
営業部にいた、変人で地味だった主人公・馬締(まじめ)が辞書編集部に配置換えされ、言葉への強いこだわりや愛着が、醸成され長い年月を経て辞書をつくる話。


◆(思った)
読むたびにいろんな発見があって、面白さが詰まっている。

ある時は、馬締(まじめ)の恋文に笑い、その純情におおっ!とおもったり。

ちゃら男キャラにみえる編集部の先輩・西岡の恋の話や辞書への彼らしい愛着の持ち方を読んで「こいつ!好きだなぁ~」とおもったり。

編集に関わる人たちが辞書を編纂する長い日々や粘り強さに≪不屈の精神≫を感じたり。

馬締(まじめ)の生き方を読みながら、僕らも人生っていうとらえ難い辞書を編んでいるのかも…と思ったり。

装丁もうまい!
辞書「大渡海」の装丁がこの小説の表紙でもある。表紙をしげしげと見たり。

表紙カバーの下の本表紙に、登場人物たちのイラストが描かれている。見ながら小説の場面を視覚的に楽しんでみたり。このイラストの作者が描くコミックが、ぜひ読んでみたいと思ったり…。

…楽しさてんこもり。


(「舟を編む」三浦しをん著 2011.9 光文社)

◆ 写真・2012年愛知県岩倉市五条川にて

◆ これという目標もなく、高校を卒業した平野勇気は、
担任教師と両親が申し合わせて就職先を決められる。
いやいやながら向かった先は、三重県の山奥にある神去(かむさり)村。
そこで彼は、夢にも思わなかった「林業」に取り組むことになる。

村人たちの使う神去弁は、のんびりとしている。
口癖は「なあなあ」だ。
意味は「ゆっくり行こう」「まあ落ち着け」
「のどかで過ごしやすい、いい天気ですね」
ひとことが、こんなに幅広い。

その村での暮らしを、勇気が回想する形で物語は進む。
彼は、慣れない仕事に戸惑い、面喰いながら、徐々に仕事に打ち込んでいく。
直樹さんという女性にも一目ぼれする…さてさて。

◆ 勇気が、住み慣れていた都会と大違いの、村の日常。
まったくなじみのなかった林業、なが~い目で自然に身を預けながら、
自分の肉体で自然に働きかける仕事や暮らし。
おおらかで、あくせくしない日常がなんともゆったりと流れる。
都会では信じられないような神事には、自然への畏敬や祈りが生きている。
戸惑いつつも、村の暮らしの中に溶け込んでいく、勇気の日々が楽しい。

(三浦しをん著 「神去なあなあ日常」 徳間書店 2009.5)


◆ 「光」という題名から、しをんさんの、これまで読んだ「仏果を得ず」「風が強く吹いている」のワクワクさせる命の躍動感や希望に連なる作品だと思いきや、荒廃した暴力とセックス、人生の不毛と絶望が描かれている。

◆ 美浜島が突然大津波を受けて、島の建物や人の大半が亡くなる。
助かったのは、当時、中学生だった信之、美花、そして輔(たすく)の幼なじみ。
輔に体罰を加えるその父親。燈台守のじいさん。津波で身寄りを亡くした信之、美花、輔のその後の人生の奇跡を描いている。
美花が、釣り客・山中から強姦されていると思い込んだ信之は、惨状の島で山中を殺す…。

◆ 救いのない理不尽。荒涼とした景色と心の在りようが哀しい。
ここに描かれる「光」は、救いや希望を見せるそれでない。
物事の姿を判別させにくくする「逆光」の「光」だ。
こういう「不毛」「絶望」は、「希望」「夢」への憧れとともに、僕らの側にあるもの。
ボクラは何を求めて生きる?

◆ 好みの作品ではない。大好きな、しをんさんだけに残念だ。
でも、現実には、哀しい出来事がリアルにあることは、承知している。
溢れるほどの「絶望」の出来事が存在する世界。
作家に描いて欲しいと願うこと。
それは、哀しみや人の醜悪や絶望だけで終わらない何かなんだよ!


(三浦しをん著 「光」2008.11 集英社)




 以前読んだ「風が強く吹いている」の描いた駅伝。
そして今回の「文楽」。勝手に名づけて「動と静の二部作」。
文楽に、まったく触れたことのないボクに、未知の世界の話を楽しく読ませてくれた。
しをん! あんた ただもんじゃ~ねぇ… 。

◆ 健(たける)太夫は、やんちゃだった高校の修学旅行で鑑賞した「文楽」に
魅せられてこの世界に入った。
女好きで、しきたりなどには大らかだが、芸には厳しい人間国宝・銀太夫師匠の三番目の弟子だ。

彼は、300年以上の歴史があるといわれる「文楽」の真髄に迫る
太夫(語り手)を目指して稽古に励んでいる。
ある日、健(たける)こと笹本健太夫は、無愛想でプリンが好物な
「実力はあるが変人」と評判の三味線弾き、兎一(といち)こと、
鷺澤兎一郎(といちろう)とコンビを組むように、師匠から宣言される。
 入門して10年間、一度も、話したことがないうえに
「特定の太夫と組むつもりはない」と言い放つ兎一。
そんな男とのコンビの行く末は?
兎一が以前に一度だけ組んだという、月太夫とは?

 健たちが週一回、文楽指導ボランティアとして行っている小学校の生徒・ミラちゃん。
その母親の真智に抱く、健の一目惚れの恋の行方は…。

◆「幕開き三番叟」(まくあきさんばそう)
◆「女殺油地獄」(おんなごろしあぶらのじごく)
◆「日高川入相花王」(ひだかがわいりあいざくら)
◆「ひらかな盛衰記」
◆「本朝廿四孝」(ほんちょうにじゅうしこう)
◆「心中天の網島」(しんじゅうてんのあみじま)
◆「妹背山婦女庭訓」(いもせやまおんなていきん)
◆「仮名手本忠臣蔵」(かなでほんちゅうしんぐら)

八つの文楽の演目と、健の日々と芸への精進がクロスしつつ
物語が進んでいく。
入門10年目から14年目への歩み。
次第に重要な場面の語り手として、更なる芸の真髄に迫ろうとする健の修行と恋。

◆ 「仏果」は「さとり」という意味。
簡単にさとりに到達できない混沌の日常。
さとれないからこそ、少しでも近づこうと精進する健。
「文楽」の演目に登場する人物の行動や言葉やしぐさに、今の自分の生き様
を重ね、時を越えて近松などの、文楽の作者の真意をさぐろうとする。
その健の生き様や言葉が、元気をくれる。

◆ こんな言葉が出てくる。
「ほかのものの芸と比べてではなく、自分の中にある理想の語り、理想の音に、負けたくなかった。
どうせ届きやしないと諦めて、怠惰に流れるような真似はしたくない。
銀太夫はその気概を持ちつづけて、今の芸境に至った。
そうありたいと願う健は、全身で銀太夫の声を感受しようと努める。」(P121)

こいつ、やるじゃんと思う。
さとりを得て歩みを止めるんじゃなく、混沌の中を手探りで生きて
いつも理想への思いを描いて歩く。
そいつぁ~豪儀だぁ~~な~ぁ~。(笑)


(三浦しをん著「仏果を得ず」 双葉社 2007.11)








本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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