2017 / 08
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梨木さんの本は、必ず読む。
でも、今回は体調最悪の時で、眠りこけながら文字を追ったという感じだ。

副題「森の苔・庭の木漏れ日・海の葦」とあるように、エストニアを訪ねて見聞しながら、自然と人間のあり方に話が及ぶ紀行文。

ヨレヨレの頭に残ったのは二点。

◆一つ。

人間も自然の一部なのに、いつの間にか思い上がり、どんどん自然を壊し他の種を絶滅に追いやってきた。生まれて、ひと時生きて死んでいく、という自然の流れの中に自らの命があり、育まれていることを忘れそうになる。次のような一文を、心にとどめておきたい。

「自然をコントロールするのでは、もちろん、なく、自然と付き合う、のですらなく、生かされている、そして積極的に生きようとする、その受身の意識と能動の意志のバランスこそが『自然』と、今は見当をつけている。」(P147)

◆二つ。

意思を持ち続けるとは、どういうことかを思った。

梨木さんは、エストニアの歴史を書く。
長年、周囲の国に支配されてきたエストニアの歴史を経て、1988年9月11日の集会で、全国民の三分の一の30万人が「歌の原」と呼ばれる広場に集まる。そして支配国から、当初は禁止されていた「我が祖国は我が愛」というエストニアの歌を演説の合間に歌う。その後、機運が高まって、1991年の独立回復につながったという。

このことを、巻末で次のように書いている。

「深く営々と営まれてきた被支配の日常のなかで途切れることなく培われてきた、熱情といってもいい祖国への思いそのものだ。一時の『激情』ではなく、着実な、途切れることのない、ひたすらな思い。自らの裡で、静かに燃やし続ける『熱』。それ以外に、この煉獄の世の、どこに、光などありえようか。」(P190)

エストニアの人々の歴史と熱。ひるがえって自分という個人を思う時にも、持続する意思を持つことの困難と大切さを自覚しながら、静かに燃やし続ける『熱』を持つことの大切さを思う。
淡々と過ぎていく日常。人を支えてくれるのは「静かだけど持続する熱」かもしれない。


(「エストニア紀行」梨木香歩著 新潮社2012.9)

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(ものがたりは…)

21歳のシングルマザーの珊瑚と生まれたばかりの娘・雪。
高校を中退して雪を生んだ珊瑚。
彼女は、幼子を抱えて生きるすべを模索する
母子と、二人を取り巻く人たちの物語。

(思った)

派手な事件も爆笑もない。

ゆったりした会話。
静謐な自然の描写。
生き方に迷いながら、行きつ戻りつする登場人物たちの心の揺れ。
あぁ、これが梨木節の小説のテンポ。

このテンポにひたりきった、ゆったり読書がとても嬉しかった。

珊瑚が、食の世界の奥行きを知り、本気でとりくむことを人生の目標に歩き出す姿と
雪が成長する姿をかさねあわせながら、人が生きることをあれこれ考えさせてくれた。

静かな波紋のような励ましが、ジワジワ沁みてくる一冊。


(梨木香歩著「雪と珊瑚と」2012.4角川書店)



◆ 売れない物書きの綿貫征四郎が、亡くなった学生時代の親友・高堂の家の、家守を頼まれて
過ごす日々の中で、ぐるりの自然や不思議な出来事を綴った、少し前の物語。
「綺譚」の意味そのままに「世にも珍しく面白い物語」。
亡くなったはずの高堂が、掛け軸の向こうからやってきたり…、
小鬼、河童、四季の花々など…。
不思議に満ちた話のオンパレード。

「猿がサルスベリに座るなんて。」
中略「それではあの木の場合、サルスベラズと呼ぶべきでしょう」107

人に化けたカワウソに、同類と見込まれて
「取り憑かれたら、一生、カワウソ暮らしだ。」
115

などの、交わされる、かけあいも楽しい。


◆ 不思議でおもしろい28編が収められている。
爆笑の笑いでなく、クスッと嬉しい心持にさせてくれる笑いの作品。

安心して文章のゆりかごの中で揺られる気分を味あわせてくれる作家は珍しい。
彼女は貴重な一人。スピードを競い合って血眼になる現実とは逆にみえる物語。
ゆったりとした「命の気配」が全編を漂う。

後半に征四郎が、作中でこんな意味合いのことを言う。
「与えられる理想より、刻苦して自力で掴む理想を求めて」(185)
生きることが「精神を養うこと」になる。

自分はどうなんだろう?
ささいな言葉が、心に沁みてくる。

とっぷりと体も心も預けて、ひたりきって楽しむ一冊。

(梨木香歩 著「家守綺譚」新潮文庫2006.10)


ここ しばらく 鳥を見に行っておりました。
…っていっても、読んだ本の世界でね。

渡り鳥の足跡をたどって、現場を訪ねるこのエッセイ、楽しかった~。

渡りの足跡を辿って、知床からロシアの大地まで訪ねる。
その体験から紡ぎだされる言葉が、豊かで雄大だ。
心の中に吹きこんでくる風は、きらめいて透き通っていたり、荒々しい寒風だったり…。

ある時は、部屋にいながら、渡り鳥を求めて、湿地を歩いている気分だった。
飛行機から大地を見渡す、旅の描写を読みながら、鳥の眼になって、未知の「渡りの旅」を思った。
本文に登場してくる鳥たちの姿を求めて、ネット検索で「ひとりバードウォッチング」をしておりました。
「ミサゴ?どんな鳥なんだ?…おおっ!かっこいい!」
…ってな具合に。
これが、楽しい。

一気に読んでしまうのが惜しくて、ゆっくりゆっくりと読んだ。
鳥の渡りの旅に、人の生を重ねながら綴られる文章が、キラキラしていた。

渡りの鳥の群れの中に、個体で迷鳥として混ざっていたクビワキンクロをみつけて、
その個体の旅に思いをはせて、こんなことを言う。
「個の体験はどこまでもその内側にたたみ込まれて存在の内奥を穿っていく。」(66)
読みながら、鳥の渡りのことを離れて、自分の日々の体験のことを思った。

「渡りの旅」を「旅の物語の集合体」(38)として観察し、記録したエッセイ。、
これは、命の旅のエッセイだと思った。

楽しくて 豊かな時間をくれた一冊。

(梨木 香歩著「渡りの足跡」2010.4新潮社)


紫陽花と菖蒲3


◆ 物語は、f郷に転居し、f植物園を職場とする佐田豊彦が、「うろ」(くじら注・空・虚・洞などと書く=うつろな所。ほらあな。出典・広辞苑)に落ちて、気を失って過ごした、夢ともうつつともいえない二日間の、不思議な出来事を描いた物語。

独特の古い言葉の言い回しが難解で、理解できない箇所もあった。
例えば、彼の仕事は「園丁」という。
これは園内の手入れをする職業だそうだ。初めて聞いた。
このような言葉が他にも出てきた。
前世が犬だった歯科医の家内。ナマズの神主。烏帽子をかぶった鯉。
など、不思議なキャストたちが出てくる。

「うろという巣穴」の世界に居るとき、彼は、妻が四ヶ月で流産して、出会うことのなかった子供「道彦」と会う。
会話を交わして、別れ難い思いを抱いたりする。そして別れ…。
そして、この世界に還ってくる。

◆読んで感じたこと。あらためて、命のはかなさのことを思った。
だからこそ、大事な一回性、替えがたい一人 だということも。
よく語り遊んだ友人を思い出した。
幼馴染で、進路を話しながら一緒に通学した同級生の従兄弟も。
突然、逝ってしまった。
そして、今の親しい人たちのことも思った。

◆ 人は生きている間、同じ外見に見えても、内面は、新しく生まれかわるのだと思う。
命のいとしさ、哀切な感情を深く感じる体験が、人を見えない「巣穴」に導くのかもしれない。
目には見えない。…でも、生まれたばかりの雛のような、初々しい心に生まれ変わって、
日常の中を、巣穴から飛び立っていくのかも…。


(梨木 香歩著「f植物園の巣穴」2009.5朝日新聞出版)



「死んだ」という、くら~いフレーズのついている本。
でも、暗さと明るさは背中合わせなのだね。
生きている事を,、ピリピリと刺激してくれる一冊。

◆ (お話)
中学生になって間もない「まい」は、学校に行かないと母に宣言する。
働く母。単身赴任の父。
二人と離れ、まいはママのママ(通称「西の魔女」)であるおばあちゃんの家で、
一ヶ月ほど過ごすことになる。

 そこで、おばあちゃんが伝授する「魔女修行」の中身とは?。
近所に住む、粗雑で下劣で「死んでしまえばいい」とまで、まいが思うゲンジさんとの関係。
死んでしまったら、人はどうなるのか、というまいの問いかけ。
魔女とまいのしこりを残した別れの哀しみ。
魔女の死とまいに残したメッセージとは?

(思ったことなど)
◆ 魔女の修行の要であり、悪魔に打ち勝つ方法は、とても平凡なこと。
いわく「精神を鍛えれば大丈夫」
「早寝早起き。食事をしっかりとり、よく運動し、規則正しい生活をする」(69)
これってごくふつうのこと。でも、実はこれが難しい。まいだけでなく、ボクにも。

自分で決めた事をやり遂げる力が強くなれば、悪魔も簡単にはとりつかない。
 「意志の力を鍛える」には、疑い心、怠け心、あきらめ、投げやりな気持ちが出ても、
黙々と続けて、新たな自分を発見する。そして又、退屈な日々と、ちがう自分を見つける
という繰り返しなんだ。そんな言葉もでてくる。
平凡な繰り返しに見える積み重ねが、心を鍛えるということ。
「退屈」が、実は自分を育てている時間なんだってこと。
一見どうでもよいようなことが、実はとっても大事ってこと。


◆ まいはゲンジさんを「下品で、粗野な、卑しい男」(81)で、魔女がなぜ彼をかばうのか
わからないと思う。
そして、しこりを抱えたまま、生前の魔女と別れる。
魔女が亡くなって再会したゲンジの言葉を聞いて、まいは魔女の心の大きさと、
ゲンジの知らなかった一面を見る。
この本に納められているもう一作「渡りの一日」には
親友ショウコが登場する。
ショウコの率直な性格と、異なる文化に「感嘆」する人柄が描かれている。
魔女は、ゲンジさんを含む、異なるものを包み込む人柄を、まいに
育てていって欲しいと、願っていたのかも。その続編でショウコに巡りあう、まい。
魔女の思いが、彼女の中で、育っていることを感じさせた。

◆ 人は死んだらどうなるのか。
魔女がまいに語って聞かせた言葉の中に、死はそんなに怖くない
この世に生を得るステキさを語っていると思った。

 魔女の、生身の暮らしの中の知恵や生活ぶりが面白い。
まいの気持ちに、ゆったり感を育てたんだと思う。
読んだボクにも、時間がゆっくり流れてるみたいだった。


映画を観た。小説を再読してみようと思った。 (8/10改稿)


(梨木香歩著 「西の魔女が死んだ」 新潮文庫による再読)


本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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