2017 / 10
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(おはなし)
ある日、役所勤めの富井省三が家に帰ると、家の入り口のドアの鍵穴がなくって家の中に入れなくなっていた。
彼は三年前に妻を病気で亡くし、子供ふたりは家を出て、今は定年前の一人暮らしの身だ。

家に入れずに、泊まる場所を求めて彷徨っていると、昔、妻に助けられたことがあるという乙という男に声をかけられ宿を提供される。
その後、今は誰も住んでいないはずの鎌倉の伯父の家にたどり着く。
そこは、子供の頃遊びに行ったことがある家だ…。

そんな中で、妻や子供たちのこと。伯父や曽祖父たちのことを思う省三の日々。


(思ったこと)
家族や連綿とした人の命のつながりの話を、時に不思議な話や幻影や夢の場面を取り混ぜ、
リアルな、生前の妻との会話や、ふとしたことで再会する娘・梢枝との会話を配したりして、
面白くて飽きさせない作品。

人生という劇場に登場し、喜怒哀楽の時を過ごしながら、やがて別れていく命の哀しみにも、
どこかほんのりと、人同士の鼓動が触れ合った痕跡が残っていく。

一瞬のような命だけど、でも味わって、感じとって生きていきたい。
そんなことを、思わせてくれる。


(絲山秋子著「末裔」講談社 2011.2)



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「超然」などと、あんまり使わないような本の題名。
収録の三編が、つながりのない超然。
※「超然」は、辞書によると「世俗にこだわらず、そこから抜け出ているさま。」

◆(ものがたり)

◆浮気している夫・文麿を持つ妻・理津子の「超然」…のように見えて
あれこれウロウロする心理が面白い。こんな浮気者の文麿なんざぁ嫌いで無関心だわいと
言いつつ、かな~り、愛しているんだという姿が浮かんでくる。 (「妻の超然」)

◆◆酒飲みのメッカのような地域で育ったが、福岡市内の大学に通い始めて
自分が下戸だと知った広生。
就職した家電メーカーの職場で、酒好きで、NPO活動に熱心な(恵まれない子供たちを支援するNPO活動)美咲と付きあうが…。
飲まずにいられないような日々の中で、下戸で超然と生きる広生。 (「下戸の超然」)

◆◆◆作家・倉渕さんが、首にできた良性腫瘍の手術で入院する。
その日々の中で、見たこと、であった人たち、考えたこと。
手術を通して、命のこと。自分の作家活動のことを考えているのだと思った。
でも、そこは絲山作品。
素直にそんなことは書かない。変化球だらけの、トゲトゲだらけ
でも、そこがいい。
 (「作家の超然」)

◆(おもった)
絲山さんの、文章の中に含まれている、トゲってどんな意味があるんだろう?
人生っていう容器の中に手を突っ込んで、ぐるぐる引っ掻き回しながら
そのエッセンスを、つかみとろうとするようなそんなトゲなのかも。

「妻の超然」を読んでいて、大笑いしてしまった。
ヒロイン・理津子に知り合いの舞浜先生が、自分の夫だった男の死因が
愛人の家での「腹上死」だったと語った。そのとき、理津子が思うこと。
「ああ。まさにぴんぴんころり。」(P56)ってとこ。
ボクのツボで大笑いだった。

なぜかって?
ある高名な医者が、何かのエッセイの中で、元気で長生きして
ころっと病まずに逝く人生は幸せだ。
つまり「ぴんぴんころり」が人生の終焉の理想だと語っていたのを思い出したから。

その、医者は真面目に理想を語っているのだが、これからのボクは、「ぴんぴんころり」のフレーズを聞くたび
この小説を、思い出すだろうなぁと思ったのでした。

…すまぬっ!アホです。

(絲山秋子著「妻の超然」2010.9新潮社)




◆ 三億円の宝くじに当たって、退職して敦賀の海辺で、一人で仙人のように暮らす河野勝男の所へファンタジーを名乗る男が訪ねてくる。
不思議な彼の暮らし。姉とのトラウマを抱えて屈折した、惚れていた、かりんとのつきあい。その死と別れの哀しみ。
河野に惚れている、元同僚・片桐の思い…。


◆ 最後の場面で河野にもらった白い巻貝を、久しぶりに手にして、片桐は距離を置いた付き合いをしてきた,河野のかけがえのなさを思う。そして会いに行く。
この思いの中に、ファンタジーのエキスが詰まっているような気がした。
直接に生きる実用にならないけど、孤独なときの友だちだったりする。
そんなファンタジーの存在。
「ファンタジー」って何だったっけなぁと、改めて思いつつの一冊。

(絲山秋子著「海の仙人」新潮社2004.8)

◆ 物語は、大学生のヒデと30歳近い額子との、露骨なセックス描写から始まる。
この先どうなっちゃうんだろう、と思ったりした。
初めて読んだ絲山さんの小説は、歯切れがいい。テンポがいい。そして、いやらしい(笑)。
「すけべで乱暴で無愛想」な額子と、どこか弱気なヒデ。ここに書くのもおぞましい(笑)ヒデのふられかたがすごい。その後、アルコール依存症になって、のた打ち回るヒデ。
やっと、退院して断酒にむかって歩き始めたころ、額子が事故で左腕を失い、夫と別れたことを知る。再会した額子は、総白髪だった。二人は、又付き合い始める…。

◆ あぁ!なんと回り道や、無駄に思える時間を、人は過ごすんだろう。
この二人の、別れと再会もそんな風に見える。
何の迷いもなく一直線にやりたいことが見つかり、歩くべき道が見つかったらいいのに。
でも、無駄に思えるような時間の中を歩きながら、降り積もってくる雪のような苦悩と向き合って、ジタバタと生きながら、前と少し変わった自分を見つけていくのかもしれない。

 ドラマの、最初のころに、額子がヒデに言った「ばかもの」。
再会を果たしたヒデが、後半に額子に言った「ばかもの」。
言葉は同じ。でも、込められた思いは、何倍も豊かに思えた。

最初はドタバタ・エロ小説風。大変いやらしく、情景を想像すると笑ってしまう場面もあった。
でも読むほどに、様々な味付けや表情がみえてくる不思議な豊かさのある作品。
(絲山秋子著 「ばかもの」2008.9新潮社)


本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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