2008 / 02
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◆ 読み返したくなる、本との出会いはめったにない。
その貴重な一冊にあった。
心に、沁みてくる文章を書く医師の鎌田さん。
心を元気にしてくれる、読書のビタミン剤を飲むようだ。
いや、もっともっと効く、何かがある。

◆ 十章からなるドキュメント。
鎌田さんが出逢った、人として大事なものを「なげださない」人たちが、
地域や年代や国籍を超えて出てくる。

ここに登場する人たちは、スーパーマン(ウーマン)で特別な強い人たち、ではない。
成功して脚光を浴びているわけでもない。
身体や心の痛みを抱えて、弱音を吐いたり失敗したり、今も深い悩みと向き合いながら
「…にもかかわらず」歩く人たちが出てくる。

◆ 本の扉を開けると、鎌田さんは書いている。
「困難のなか、なげださずに、ていねいに
生き抜く人たちを書きたいと思った。
いのちの底力を、伝えたい。」


◆ 何を大事にして歩くのか。考えた。
いのちの臨場感、あたたかさのこと。感じた。
めぐり合えて、本当に嬉しかった一冊


(鎌田 實著「なげださない」2008,1集英社)





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 懐かしい、笑える、ほろっとする。
三条木屋町居酒屋「べろべろばあ」で大宴会がしてみたい。

体長20㎝、頭がでかく四頭身で襤褸(ぼろ)着を纏ったオニたち千匹づつを、
引き連れて京都大青竜会・龍谷大フェニックス・立命館大白虎隊・京産大玄武組の
各大学で集められた十人の学生たちが、京都市内でオニを使って対抗戦をする。
このハチャメチャぶりに腹の皮がよじれた前作「鴨川ホルモー」。
本書は「ホルモー」を巡る六つの面白い景色をうつしだす。

「ホルモー」競技巧者の名物コンビであったり、競技で使う「懐中時計」の由来であったり
前作で印象深い楠木ふみさんに淡い恋心を抱く高校生であったり
新島襄がでてきたり、社会人が東京丸の内で、四人で合コンしたら
みんな学生時代「ホルモー」を経験者だったりする。
なんと「ホルモー」は京都だけではないことも判明する。

◆ 「第六景 長持の恋」が一番好きだ。
貧乏学生の珠美(通称「泣きのおたま」)が、空腹も満たすために
賄いつきの料理屋でバイトを始めて、蔵の用事を命じられる。
蔵の中には、女将の父が集めた、織田信長が使っていた「長持」(ながもち)があり、
その中に「板」があった。
この板を通して「なべ丸」と時間を超えた「文通」をすることになる。
なべ丸は、彼女と同年齢で過去の時代の人らしく、槍を使うのが特技らしい…。
「ホルモー」で、一人が担当するオニは百匹、戦いに敗れ自分のオニを全滅させると
「ホルモオオオオオオ―ツ!」と雄叫びを空に向かってあげる。
すると「何かが訪れる」。
珠美もこの経験から何が訪れるのか不安に思っている。
その結果が過去との「文通」だが、その文面が候文だったりするし、
その文が読めて、おたまの右手が勝手に動いて返事を出してしまうのも笑える…。

でも、この話は、可笑しいだけじゃない。
少し哀しくて、時を越えた人への思いも伝わってくる。味がある。
京都大青竜会のメンバーで、この現代で、なぜか10ヶ月を
チョンマゲ姿で暮らしてた変人?の高村が、とても好きになった。
「ありがとう、私をみつけてくれて」のおたまちゃんの言葉。沁みるなぁ~。

◆ プロローグ
第一景 鴨川(小)ホルモー
第二景 ローマ風の休日
第三景 もっちゃん
第四景 同志社大学黄竜陣
第五景 丸の内サミット
第六景 長持の恋 
という第六景は、圧倒的な笑いの中に叙情性も、人への愛着もにじみ出ている。
やるなっ!大好きだぁ~マキメ~っち。


(万城目 学著「ホルモー六景」 角川書店 2007,11)



◆ 山の手の伝統ある女学校「聖マリアナ学園」が舞台だ。

そこは幼稚園から高等部まで同じ敷地にあり、大学もある。
1919年に修道女マリアナが開いた。この高等部が舞台だ。
良家の子女が多い学園の政治面を司る「生徒会」。
スター性を代表する「演劇部」に対して
敷地内の壊れかけた赤煉瓦ビルの3階に
異形のはみ出し者集団の部活動「読書クラブ」の建物がある。

 学校の出来事の正式記録「生徒会誌」には載らない、裏の学園の事件記録が「読書クラブ誌」には記録される。
この裏の記録を、ひもとく形でドラマが語られていく。
そして、女学校独特の同性へのあこがれが、物語の空気をつくっている。

①「烏丸紅子恋愛事件」(1969年度読書クラブ誌・文責 消しゴムの弾丸)
②「聖女マリアナ消失事件」(1960年度同誌・文責 両性具有のどぶ鼠)
③「奇妙な旅人」(1990年度同誌・文責 桃色扇子)
④「一番星」(2009年度同誌・文責 馬の首のハリボテ)
⑤「ハビトゥス&プラティーク」(2019年度同誌・文責 ブリキの涙)
という、年代を超えた「読書クラブ誌」に記された、五つの事件の物語。


◆ 登場するのはほとんど女性。
登場人物たちの名前が面白い、五月雨永遠(さみだれとわ)とか山口十五夜(やまぐちじゅうごや)など。
また他の作品とのリンクも興味深く読ませる。
(例えば①では、高等部から入学してきて、クラスメートたちから無視される烏丸紅子を、読書クラブの当時の部長・妹尾アザミが、彼女を学園の王子に当選させる参謀になり「紅子王子化計画」をデザインする。
その下敷きがフランスの戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」だということなど。
⑤の作品が、小説「紅はこべ」とリンクしているのも面白かった。)

読者を面白がらせる技術に、長けている作家だと思う。
この作品は、物語の深み云々ではなく、単純に面白く読ませる作品だ。
(哲学的な言葉も出てくるが、中心はあの手この手を繰り出して作品を面白く読ませる。
サービス精神旺盛な人だと思う。)
 個人的には、学園創設者の謎を描いている
②「聖女マリアナ消失事件」が面白かった。



(桜庭一樹著「青年のための読書クラブ」新潮社2007,6) 


◆ 信長の時代から秀吉政治の末期、三成が権力をふるう戦国の世。
三味線引きの藤次郎、舞い踊るちほ、太鼓打ちの黒人・弥介、
笛吹きの小兵太らの若き芸人たちが、音に遊び舞い踊りながら、
息苦しい強権政治に反旗を高々と掲げる…。

◆  芸を宴会の、添え物としか見ていない商人。
それまで自由だった、河原者まで権力で取り締まる三成の政治。
金や権力で芸人を見下し支配下におこうとする者に声をあげ、
自由を求めて音楽と踊りを楽しもうとする若者たちが、イキイキと熱い存在感を放っている。
封建の時代の底流に、自由を渇望するエネルギーの奔流を描き出す、冴えた筆力。
最後のページまで、激しいナマの音楽を聴いているようなオモシロサがある。
読み応え大ありの一冊。

楽しみな作家が生まれた。
どしどし、面白い小説を読ませてくれ~ぃ!

(※三成の政治の現実が、これに近かったかどうかは、小説なのでわからない。
かなり異なる説もある。
権力を、非情な形で使うとこうなるという為政者の典型として出てくる…。
 なお、作者の対談で「ちほ一座」は歴史の文献に、内容不詳で現存していた名前だとの
ことです。どんな一座だったか興味あるなぁ。)


(天野純希著 「桃山ビート・トライブ」 集英社 2008.1)


◆ 映画好きには、こたえられないだろうと思う。
白いスクリーンを包む暗闇と大画面。隣に大好きな人がいる。
ワクワクする初めてのデート。いいなぁ、そんな場面。
「愛の泉」に出てくるケン坊の、ずれたキャラ、好きだなぁ。(笑)

◆ 読んで改めて思ったこと。
ボクラは、一編の物語を生きている、生き物なんだということ。
  本の帯の言葉がスゴイ。「現実よ、物語の力に ひれ伏せ。」
初めは、大げさなうたい文句と笑う。
少し考えて…そうかもしれない、そうあって欲しいと思う。
痛みが深くて大きいほど、沁みてくるうたい文句かも。
悲惨な「現実だけ」が、世界のすべてじゃない。
それを「超える物語」が、どこかにある。
本気で思って、行動できたら…と。

 登場人物から「お前は、現実に ひれ伏してばかりじゃねぇか?
ちっとはマジに 気合入れて 元気になる物語で 現実を埋めようとしてんのかよ?」

と問い詰められそうだ。

◆ この中で「愛の泉」が好きだ。
おじいちゃんの一周忌に親族が集まる。
それまで「だいじょうぶオーラ」を発散し、無敵のパワーで、孫たちのよりどころだった、
おばあちゃんの元気がない。
五人の孫たちは話し合って、おばあちゃんに元気になってもらい、オーラを復活させようとする。
初デートで、二人が映画館で見たという「ローマの休日」の上映会を実現しようと…。

独立した五編の物語に「ローマの休日」のことが共通して登場することで、物語同士が
共振して広がりを感じさせる。
笑いつつ、気持ちがピンとした。読後感爽快の一冊。
「太陽がいっぱい」「ドラゴン怒りの鉄拳」
「恋のためらい/フランキーとジョニー もしくは トゥル-・ロマンス」
「ペイルライダー」「愛の泉」
を収録。


(金城 一紀著「映画篇」 集英社2007,7)



◆ 身体の元気は、心の元気と繋がっている。…と通常は思う。
それはごく普通の考えだ。
でも、ここに新しい目を開かせてくれる本がある。
身体を掌る司令塔である脳。「脳梗塞」は、この機能を寸断する。
当然、それまで元気だった肉体の機能も寸断される。
 著者の多田さんは、世界的な免疫学者として、世界や日本各地を忙しく
駆け回る毎日のなかで、2001年・旅先の金沢で、突然に発症した。
死線を彷徨った後、右半身が麻痺し、言葉を失い、物を食べられない
嚥下(のみくだすこと)障害という重度の障害をおった。
発病直後は絶望のあまり、死ぬことばかりを考えていたそうだ。
その後、闘病の中で自分の中に、新しい生命力が芽生えつつある事を感じる。
この本には、一年弱の闘病記録と、その後に書いたエッセイが収められている。

◆ 印象深かったこと。
身体の「元気」は、本当の「生きている実感」とイコールではないこと。
発病前は元気だったが「生命そのものは衰弱していた」と自分を、振り返りながら言っている。
病気になってリハビリ訓練を行うことで「生命が回復している」と。
「リハビリとは人間の尊厳の回復という意味だそうだが、私は生命力の回復、
生きる実感の回復だと思う」
(P112)
2006年、国が改革の名目で、病気で苦しむ人たちのリハビリを、
最長180日に制限しようとしたとき、多田さんは、同じ思いを持つ人たちと共に、
40日間で44万人以上の反対署名を国に突きつけて、施策に影響を与えた。

◆ 寡黙で無様であっても、自分の中に、新しい命が生まれ胎動することを感じとっている多田さん。その感性、その志が、元気をくれる。

(多田富雄著 「寡黙なる巨人」集英社 2007,7)



なんとなく可笑しくて、すらすらと読めた。

◆ マジなところの感想。
流れて平坦に見える、ボクラの日常の中で「一段階上がる」人間関係
(ここでは、同棲している男女関係。)のことを思った。


部屋に迷い込んでマリーと名づけた猫が死んでしまって、佐藤めぐみは悲しみ、無気力になる。
ワタルは彼女に元気になって欲しいと思い、猫探しに協力してくれた小学生のマコちゃんと三人で会う。
マリーの死を知って、小学生のマコちゃんと、一緒に同棲している男・高橋ワタルは、
めぐみの悲しみを共有し、泣いてしまう。
そんな出来事が、めぐみに元気と生きる活力を呼び戻してくれる。
平凡な日々のことを、見落としたり、軽く見ないこと。大事かも。


◆ 物語は、夜の仕事のバイトをしているめぐみと、フリーターの28歳のワタルの物語。
ワタルの仕事探しと、行方不明の猫のマリーを探す日々が、描かれている。
ジャブのように、作品に織り込まれている笑えるエピソード。
ワタルが風呂の中で、就職の模擬面接を想像する場面。
割り箸を口に挟んで、笑顔を作る練習の結末。
「ウミ」こと大西 洋との不思議な縁。
大学時代の同級生たちと、つくっている「フローの会」のこと。
電車の中で携帯電話を触り続ける、三人の女子高生の姿、など。

◆ 最後の場面で、めぐみは日の出前の川原にワタルと行く。
この風景を取り巻く色が「青色」。それは象徴的だ。
この川原に集めた石を捨てる。
それは彼女が、メモリアルな出来事の時に集めて、その出来事を日記風のメモと共に残してきた石だ。
(この石の中には、マリーの墓の側でワタルが拾ってきた石も含まれている。)
この出来事の中には、彼女の思いがある。
グータラな男だけど、猫や仕事探しするワタル。
猫が死んだことを、彼女に言い出せない。
そして、一緒に悲しみを共有して涙してくれる、そんなワタルとの暮らしの日々を
もっと大事にして、それをメモリアルにしよう。
もう一段、人間関係を上げて生きようというめぐみの心意気が込められていると思った。

大きな事件は起こらない、でも、読み心地がいい。
さらに、面白い作品を読ませて欲しい。

(「青色讃歌」 丹下 健太 著 河出書房新社 2007,11)






◆ 自転車のロードレースの話だ。
陸上部の花形選手だった白石誓(チカ)。
彼は自分が勝利するよりも走ることが好きで、エースを支えるアシストが性格にあうと、この世界に飛び込む。
チームのエース・石尾の勝利をアシストする選手になろうとするチカ。
だが、思いがけず、ある試合で大金星の勝利を得る。
ある日同僚から、三年前に石尾がかかわった事故のことを聞く。
同じチームにいた、有望な選手・袴田がレース中に事故を起こし、そこに石尾が関わっており、袴田は選手生命を絶たれたことを。
石尾は、自分以外のエースを認めないとチームメイトの赤城が、チカに話す。
チカに疑惑が、芽生える。
石尾に対抗し、エースの座に意欲を燃やす伊庭。
五年ぶりに再会する元恋人・香乃。今は車椅子で、バスケット競技をしている袴田が恋人だという因縁。
チームメイト篠崎の動向…。チカの未来は?石尾の正体は?

◆ 自転車ロードレースの競技のルール、レースのスピード感。
嫉妬や勝つための駆け引き。人の大きさと狭さのこと。
揺れ動く心のこと。悪意と正義。etc思うこといろいろ。
後半になると推理とサスペンスの面白さが深くなる。
「犠牲」って誰なんだ?なぜ??
最後に目の前に開けてくる、真実が眩しい。

◆ 「サクリファイス」とは「犠牲」という意味。
①受身の響きのある「いけにえ」という意味。
と、②「心身を捧げて他のために尽くすこと」という積極的な意味もある。
この小説は②の積極的な意味も、描いていると思う。
物語を読みながら「犠牲」の痛みと、熱い思いを誰かに手渡すことの誇りとか、
その重さのことも、描いているんだなぁ思った。


(近藤史恵著 「サクリファイス」 新潮社 2007.8)




本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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