2008 / 12
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◆ 12歳の二人。
ハルは、事故で心ならずも、由希菜を死なせてしまい、自分が殺したと自分を責めて自殺を図るが、カホ(花歩)に、とどめられる。
カホは、父からの虐待。母の失踪。世話になってた祖父の死と哀しみを重ねる。
大きな悲しみを背負いながら生きる二人。

二人を励まし、支える大人たち。
大学生で、花屋の店員のキッペイ。
ホームレス一歩手前の老人を自称する井崎原さんこと、イザさん。
大人の二人は、哀しみの中で生きる子供に寄り添おうとする。

同世代のハルとの会話でカホがいう。
「風が吹いてきたときに、背中を向けるんじゃなくて、顔を向けるの。
身体の前で、身体全部で風を受けるの。(195~196)
夏、四人で暮らしながら、カホが祖父と住んできた建物の屋上に、協力して、庭園をつくる。
その作業が四人に元気を与える。

◆ 優しい物語を書いたなぁと思った。今こそ語られるべき物語。
人間の哀しい出来事が、繰り返されている今だから…。

題名がいい。「空へ向かう花」のイメージが持つ希望。
そんな伸びやかで、自由な心で生きられたらいいと思う。


「願いは叶うということを、信じている。願うことが必ず力になると、信じているさ。
今までも、これからも。」(278)


年末の締めくくりに、ぴったりの一冊。

(小路幸也著「空へ向かう花」2008.9講談社)

◆ 一年間サンキュでした。
コメントや拍手やメールありがとう。来年もよろしく!
よいお年を!


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 昨日60歳になったジュリーこと沢田研二が、ツアー最終日、東京ドームで7時間のコンサートをしている姿が放映された。
三万人以上がライブに酔いしれる姿に「元気に歌い続けているんだなぁ!」と感心した。
TVでの姿を見なくなって、歌やめちゃったのかなと思っていたが、おっとどっこいな浅はかな認識だった。
リハーサル風景では、着ているTシャツの背中に、向かえた年齢「60」をプリントしていた。
年齢を若く見せたがるのでなく、長く歌い続けていることを感謝し、年齢を受け入れて、あるがままの今の自分の思いや命を歌う姿が、印象的だった。

 平 安寿子さんの小説「あなたがパラダイス」には、「ジュリーマニア」で更年期を迎えた女性たちが登場する。
50歳クールな図書館員坂崎敦子。
西嶋まどか50歳。
43歳の千里は、少し時期が早いと思うのに更年期と診断される。

肉体や外見の衰え。育児・介護・夫婦・職場での立場への重圧。肉体的、心理的な閉塞感。
恋や介護や離婚問題にゆれる三人が、夫々にラストの場面でジュリーのライブを見に行く。
重なる歳を肯定して、生きていることを好きでいよう…。ジュリーの歌い続ける姿に、三人は思いを重ねる。
「更年期や老いってみんなやってくるジャン!受け止めて歩こうぜ小説」
の傑作。(そんな分野あったっけ?)


(平 安寿子著「あなたがパラダイス」2007.2朝日新聞社)


◆ 物語は、大学生のヒデと30歳近い額子との、露骨なセックス描写から始まる。
この先どうなっちゃうんだろう、と思ったりした。
初めて読んだ絲山さんの小説は、歯切れがいい。テンポがいい。そして、いやらしい(笑)。
「すけべで乱暴で無愛想」な額子と、どこか弱気なヒデ。ここに書くのもおぞましい(笑)ヒデのふられかたがすごい。その後、アルコール依存症になって、のた打ち回るヒデ。
やっと、退院して断酒にむかって歩き始めたころ、額子が事故で左腕を失い、夫と別れたことを知る。再会した額子は、総白髪だった。二人は、又付き合い始める…。

◆ あぁ!なんと回り道や、無駄に思える時間を、人は過ごすんだろう。
この二人の、別れと再会もそんな風に見える。
何の迷いもなく一直線にやりたいことが見つかり、歩くべき道が見つかったらいいのに。
でも、無駄に思えるような時間の中を歩きながら、降り積もってくる雪のような苦悩と向き合って、ジタバタと生きながら、前と少し変わった自分を見つけていくのかもしれない。

 ドラマの、最初のころに、額子がヒデに言った「ばかもの」。
再会を果たしたヒデが、後半に額子に言った「ばかもの」。
言葉は同じ。でも、込められた思いは、何倍も豊かに思えた。

最初はドタバタ・エロ小説風。大変いやらしく、情景を想像すると笑ってしまう場面もあった。
でも読むほどに、様々な味付けや表情がみえてくる不思議な豊かさのある作品。
(絲山秋子著 「ばかもの」2008.9新潮社)


強烈な一冊だ。
◆ 坂築静人は死因に関わりなく、等しく死者の現場を訪ね歩き悼む旅を続ける。
彼は死んだ人のことを問う。
「この人は誰に愛されていたでしょう。誰を愛していたでしょう。どんなことをして、人に感謝されたことがあったでしょう」と。
 周囲は、静人のことを、変人扱いしたり、不審者として保護したり、宗教がらみの行動と見たり、露骨に避けられたりもする。
幼いころのヒヨドリの死、亡くなろうとする祖母が残した「覚えていて」という言葉。
死んだ親友の命日を、多忙さ故に一瞬忘れたことを許せない自分。
そんな出来事を経て、仕事をやめ家を出て野宿しながら、全国を旅する静人。
プロローグで、彼に出会った女性が言う「<悼む人>は誰ですか。」

 マスコミを渡り歩き、残忍な殺人や男女の愛憎がらみの事件の記事を得意とする契約記者「エログロ」の蒔野抗太郎。「エグノ」と呼ぶ者もいる。
 静人の帰りを待つ家族、そして特に、母・坂築巡子が末期癌の終末を在宅で迎えようとする姿は鮮烈だ。支える夫や娘もすごい。
  そして、やっとめぐり合えたと思っていた愛していた夫を殺して、出所した奈義倖世
彼女は、静人の「悼み」の姿と理由が気になって、彼の旅について歩く。

この三人と静人。その過去と現在が描かれていく。
「悼む人」とは、誰なのか?

◆(感想のような…) 死者を悼むという話なのに、読後には、ほんのりとした優しい思いが残る。
でも、決してホンワカとした物語ではない。むしろ心の中が掻き回されるようだ。
小説の中の登場人物たちの生き方が、こちらをぐいぐい引き付ける。
彼らの言葉が、胸に食い込んでくる。
次々と心に湧いてくる問いや心の会話…。何て本だと思う!

誰しも、別れていく運命にある、人の生は哀しい。
でも、それは「かけがえのない」生の時間。そんな作者の思いを感じる。
誰かを愛すること、誰かに愛されること、誰かに感謝される瞬間がもてること。
それは、当たり前じゃない命の時。

 自分自身の生を、あらためて問い返させ、心に食い込んでくる物語…。
読み終えて、大きく息をつかせる強烈な一冊。

(天童 荒太著 「悼む人」 2008.11 文藝春秋)

◆東京近郊で生まれ育った篤志が、父の郷里である高知大学に入学。
祖父母の家に同居しながら学生生活をおくる。
四年前の夏、中学生だった彼は従兄弟の多郎に誘われて、よさこい踊りに参加した。
大学生となり高知に来た篤志に、多郎は再び祭りに誘う。
今度は、とぎれていた町内会チームを復活させるスタッフとして「よさこい祭り」に参加しないかと
。四年前の祭りのとき篤志には、ある女性との忘れられない一つの出来事があった。
さて、今年の夏、篤志は…。

◆「祭り・夏・青春・高知とくじらと物語」のキーワードを紡ぐと、真夏の熱い青春ストーリーが連想される。それも間違っていない。

もう一つのキーワードは、「人はなんで踊るんだろっ?」ってこと。
町内会チームに踊りのインストラクターとして参加する大物・カジの生い立ち。
 四年前中学生だった話し相手のいなかった篤志が、哀しげな影を見、断片的な会話をかわすようになった名も知らない女性。その時、祭りの二日目に欠席して以来会えない女性の姿が後半見えてくる。その女性は、井出亜澄。
カジにも亜澄にも、身近な人たちとの死別があった。

 役者を目指して、高知を離れるという多郎との別れを嘆く篤志に。カジが言う。
「現実なんて思い通りに行かんことばっかりや。自分じゃどうしようもないことだらけ。(中略)ええこと教えちゃろう。踊ったらいろんな縛りから開放される。無になれる。」(217)。
哀しみに押し切られないで生きるために、踊ったり歌ったり本を読んでみたり、映画を観たりして、ボクらは、心の栄養補給をするんだろうか。

陰影豊かに展開する物語に
祭りの歓声や肉声が、聞こえてくる。

(大崎 梢著「夏のくじら」 2008.8 文藝春秋)


本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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