2009 / 02
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◆ 毒殺されたようにみえる真柴義孝。
妻の綾音は、犯行時間に北海道にいて東京との往復は不可能でアリバイがある。
妻のパッチワークの弟子で義孝の秘めた愛人・若山宏美は妻の不在時に義孝と会っていた…。
綾音に対して、殺害の動機と不自然さを感じる内海薫。
綾音に淡い恋心を抱く先輩刑事・草薙。犯行動機や方法を巡って、二人の見解は分かれる…。
真犯人は誰か?犯行の動機と手口は?
二人の刑事と湯川が活躍する、ガリレオシリーズの最新長編。

◆ 出だしから、ワクワク読ませる。面白かったぁ~。
ガリレオ・シリーズを読んでいると推理の面白さを感じる。
「思い込み」「一見鉄壁に見える犯罪」の真実を解き明かし、空白を埋めていく。
物理学者・湯川学。その粘り強い知的な探究心が何ともいえない。
淡い恋心を胸に、刑事としての地道な捜査を続ける草薙。先輩刑事に一歩も引かない薫。
二人の論争も面白い。本の題名は草薙の恋心から来ているのかと思ったけど、な~るほど、そういう意味だったのかと納得!
湯川との共通点は…バドミントンが好きなとこ。(笑)


(東野 圭吾著 「聖女の救済」文藝春秋2008.10)


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弟子の談春からみた、落語家立川談志の人柄や芸談が面白かった。

曰く。
「型ができていない者が芝居をすると型なしになる。メチャクチャだ。型がしっかりした奴がオリジナリティを押し出せば型破りになる…結論を云えば型を作るには稽古しかないんだ」(72~73)

「落語はもはや伝統ではありません。個人です。演者そのものを観に来る時代になっているのです」219

弟子に自分を伝えることに、丁寧で褒め上手かと思えば、破天荒で気まぐれな談志の姿があっちこっちに顔を出す。落語好きにはこたえられない本。

他に印象的だったエピソード。
① 談志の命令で談春たち三人が魚河岸に修行に行くことになる。四苦八苦しながらの、彼らの一年の修行。三人より後から立川流に入門した「志らく」が、同じように談志から言い渡された魚河岸修行も破門も拒否。談志が、なんとそれを認める。

② 桂米朝、柳家小さんの二人の人間国宝とのエピソード。小さん晩年の談志との関係。


そして、一番思ったこと。それは談志の芸の核心と感じたところ。
「個性的な芸や人柄を、噺に散りばめて、客をどんなふうに喜ばせるか」
喜ばせ方に演者の個性を、大事にするってことかな。
な~るほど。


談春さん。いい本だった、サンキュ!
あんたの落語を聴いてみたいよ。


(立川談春著 「赤めだか」 2008.4扶桑社)


◆ 「島原の乱」を題材に、読み応えありの気合の一冊!
松倉家の絶望的な政事に耐え切れず、若者仲間と教会跡にこもって蜂起のきっかけを作る若者・寿安。一見従順に悪政に従っているようで、心に芯を持った旧軍役衆で、今は庄屋の甚右衛門。
儲けではなく、人々の命に目を注ぐ医師・外崎恵舟。
彼らの生き様を通して、人の愚かさ、むごたらしさ。戦さの哀しさ。
同時に、人の優しさ、命のいとおしさや強さをもダイナミックに描き出す時代長編。

◆ 民衆を年貢を納める道具のように扱った松倉家の政治と現代の類似。
年間3万人が自殺し、社員を解雇し住居をでるように宣告する企業。
政治らしい政治ができない政府。
「島原の乱」の時代とは違うはずなのに、ダブって見える。
これは、今に繋がる物語でもある。

◆ 寿安・甚右衛門。恵舟たちが抱える孤独が沁みる。
光が見えてこない暗闇でそれでも光を探すかれらの思いが、励ましの声のように思える。

行く先も見えず、闇夜に立ち尽くすような孤独なとき…。
ちっぽけで軽い自分の命に嘆き、生きがいが感じられないとき…。
ボクらは、どう生きたらいいんだろう…。

◆ 主人公・寿安は様々な体験の中で多くの死に対面する。
病気にかかった子供たちを、治療にいくと、安らぎとよろこびをこめて、寿安の名を呼ぶ。
彼は、子供のそんな声音を思わず真似て「生」をこんな風に感じる。
「蜂起でも、傷寒でも、赤斑瘡でも、多くの生命が目の前で消えて行った。死こそが実は永遠の本源であり、生は一瞬のまばゆい流れ星のようなものに思われた。その光芒がいかにはかなくとも、限りなくいとおしいものに思えた。」(537)(※くじら・注「傷寒」「赤斑瘡」は流行り病のことです。)

◆ この一瞬の「生」の時に、ボクらは何を込めよう?
星を探したいと思う。
例え無力でも、あきらめないこと。…大事かも。

(飯嶋和一著 「出星前夜」 2008.8小学館)


前巻はいつ読んだっけ。
随分前だ。
演劇の世界で生きるライバルの少女二人がいい。北島マヤと姫川亜弓。
同じヒロインを競演する、二人の対照的な個性や役作りに興味津々だ。
長大な物語で、忘れた頃に発売されるので、本屋で見つけるとムチャ嬉しい。

この最新巻で、マヤが役作りに悩む姿を読みながら、改めて思ったこと。
人の心には奥行きとか、浅さや深さがあって、硬い心とか柔らかい感じ方とかがあるのだなぁという、あたり前と言えばあたり前のこと。

心地よい気分とか、余裕の心を持って生きたいと思うのだけど…これが、なかなかなのだ。

手にしたばかりの「ガラスの仮面」。
次巻は、いつ読めるんだろう。(笑)
 
(美内すずえ著「ガラスの仮面」第43巻 2009.1 白泉社)

昨日「中日新聞(東京新聞)」が天童荒太さんの「悼む人」を取り上げて、社説を
載せていた。いい文章だった。

中に、こんな言葉があった。

「有り余るモノと情報に惑わされ、私たちは『個』を過信し、『孤』に傾き過ぎたのかもしれません」

「自立して個を確立する」のは「孤立」に行き着くためじゃなくて、人が心をかよわせるために、大切なものだと思う。
医師の鎌田さんの言葉だと「いいかげん」(「程よく生きるための かげん」のこと?)な「自立」と「交流」の、程よいバランスって奴が人には大事なんだ…。 
うん!きっと。

◆ 高校一年生の6月。同学年の生徒が三人一組になって、町に出かけて、住民から聞き取り調査をする「不思議な授業」があって知り合った三人。
柳の木の並ぶ水路の脇を歩いていたとき「空から蛇がふってくる」体験をする。
蛇は、絡まりあうように数匹で水の中を泳いでいたが、やがてバラバラになって、違うところを目指して泳いでいく。
この三人。楡崎綾音・戸崎衛・箱崎一は、やがて同じ大学に進む。
親元を離れて暮らす三人は、大学生活の最初の頃、時々あっていたが、やがて自分の道を歩き出していく…。三人の歩みを描いた三部構成。
 
●一部 「あいつと私」
楡崎綾音が、大学時代ほとんど書かなかったにもかかわらず、実は自分は。「小説家になりたいと思っていることを自覚した」大学生活のこと。

●二部 「青い花」
戸崎衛のサークル・ジャズ研でベース奏者に熱中する日々。
高校時代。三人で蛇を見た後「三叉路」に立った。衛は「未来は予測不能で不定形。それが続いて未来になる」と三叉路が未来を暗示していると思った。

●三部 「陽のあたる場所」
大学でシネマ研究会に在籍した箱崎一。鑑賞班に所属し、一作も監督作品がなかった彼。
普通に就職をして、サークル員たちは監督になるとは思わなかったが、大手証券、金融機関 勤めのを経て、映画監督になった。
彼はなぜ映画監督になったのか。彼の求める風景とは?

◆ 大学の時代、懐かしいなぁという思いにさせてくれる場面もある。
でも、この作品は「時と人」「出会いと別れと人」のことを描いている。
高校の授業で、ある時期に出会い、大学での出来事や新たな出会いを経て、自分の道を歩きだす。
綾音は小説家へ。戸崎衛はジャズに熱中して次の未来を探す。
箱崎一は、会社を辞めて映画監督となる。
独立しているけど、三部は繋がっている。

読みながら、思ったこと。
人は、ある時期、出会って時の流れの中で別れる。でも、それは、ただの別れじゃない。
物理的には離れていても、ある時期一緒に過ごしたことが、心の大事な風景になっていることに年数を経てから、後で思い出したり、次への準備だったりする。それは一律じゃないけれど…。

 箱崎が、インタビュアーに次回作を聞かれて「繋がっているけど繋がっていない人たちの話」とこたえる。映画とは何か?と聞かれて「私たちは、別れるために出会ったのね」と、好きな映画「陽のあたる場所」の台詞を言う。

人間って、いろんな面をもっていて
おもしろい。

(恩田 陸著「ブラザー・サン シスター・ムーン」2009.1河出書房新社)




本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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