2010 / 06
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「ボックス!」の青春小説の熱さや「永遠の0」で平和への一途な人間を描いた百田さんの、書きおろし小説。


◆ 自分の容姿を「畸形的醜さ」と表現する田淵和子。
幼いころ、身を呈して守ってくれた「高木英介」のことを、ナイトとして心に刻む。
小学校の頃は「バケモノ」「怪物」「ブルドック」等と呼ばれ、友だちもいない。

高校で再会した英介は、田淵のことを覚えていないが、彼女はときめく。
しかし、思いを告げることも、手紙を渡すこともできない。
悩んだ末に、英介の目が見えなければ、外見は問われず、献身的に、彼に愛をささげることができると考える。
彼の失明を意図して行動するが、露見し、和子は「モンスター」と呼ばれるようになる。

その後、家から追われるように東京の短大に行き、祖母の養子として新戸籍をつくり、「鈴原未帆」に改名する。珍獣扱いされる短大時代の合コン。容貌の美しさが「善」「力」「勝利」だと思い知らされていく。
工場で働いていた24歳の時、二重瞼の整形手術を受ける。
やがて、やっと雇われた風俗店で金を貯める。
そして目、鼻、口等何度も整形手術を繰り返す。
そして「腰を抜かすような別嬪」「絶世の美女」と形容される容貌の女性になる。
風俗店で貯めた資金で、生まれ育った街にレストランを開く…
やがて、英介と再会するが…。

◆ これは、ホラーではない。
自分に苦痛を与えた者への復讐物語にも、とどまらない。
英介に犯した蛮行の奥に、深い純情と愛情が秘められている。
モンスターと呼ばれた容貌の奥に、切なく哀しく切実な思いがある。
自分の容貌を、金にあかせて変えていく行為の中にも、一人の男への思慕が秘められている。

整形手術の凄まじい場面。
美しいとか、醜いって何だろう。
改めて考えさせる物語。

(百田 尚樹著 「モンスター」2010.3 幻冬舎)


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ここ しばらく 鳥を見に行っておりました。
…っていっても、読んだ本の世界でね。

渡り鳥の足跡をたどって、現場を訪ねるこのエッセイ、楽しかった~。

渡りの足跡を辿って、知床からロシアの大地まで訪ねる。
その体験から紡ぎだされる言葉が、豊かで雄大だ。
心の中に吹きこんでくる風は、きらめいて透き通っていたり、荒々しい寒風だったり…。

ある時は、部屋にいながら、渡り鳥を求めて、湿地を歩いている気分だった。
飛行機から大地を見渡す、旅の描写を読みながら、鳥の眼になって、未知の「渡りの旅」を思った。
本文に登場してくる鳥たちの姿を求めて、ネット検索で「ひとりバードウォッチング」をしておりました。
「ミサゴ?どんな鳥なんだ?…おおっ!かっこいい!」
…ってな具合に。
これが、楽しい。

一気に読んでしまうのが惜しくて、ゆっくりゆっくりと読んだ。
鳥の渡りの旅に、人の生を重ねながら綴られる文章が、キラキラしていた。

渡りの鳥の群れの中に、個体で迷鳥として混ざっていたクビワキンクロをみつけて、
その個体の旅に思いをはせて、こんなことを言う。
「個の体験はどこまでもその内側にたたみ込まれて存在の内奥を穿っていく。」(66)
読みながら、鳥の渡りのことを離れて、自分の日々の体験のことを思った。

「渡りの旅」を「旅の物語の集合体」(38)として観察し、記録したエッセイ。、
これは、命の旅のエッセイだと思った。

楽しくて 豊かな時間をくれた一冊。

(梨木 香歩著「渡りの足跡」2010.4新潮社)


◆ 本当に嬉しい、贅沢な時間だった。
久しぶりに、ナマで観る小三治落語。
いっぱいの会場だった。やっととれた二階席。

まず前座で出てきた、柳亭燕路師匠
そこつの釘」という噺。
おっちょこちょいの大工と、その妻の引っ越しの話し。
枝雀のように、高音の声音で、楽しい落語だった。

◆ さて、小三治さん
落語を語り出す前の話「まくら」を、それだけ集めた本が、二冊出ている。
(講談社文庫「ま・く・ら」始め二冊。おススメです。)
今日も、快調に「まくら」を語りだす。落語はやらずに、まくらだけで終わってしまうかもと、思ったりした。
(過去に、そんな会があった、でも「まくら」そのものが、面白いので、いいのだ!)

その「まくら」は「昨年新しい病を、得ました。」と、糖尿病の話しから、始まる。
今日は「糖尿病のすべて」という話を、しに来ましたと、冗談をいいつつ、たっぷり。
深刻な病気の話が、彼の語りになると、笑いと興味津々の芸になる。
後半では「夜明けの歌」「あなたのすべてを」「無縁坂」などを、アカペラで歌っておりました。
(歌のCDも出していて、秋に北陸で歌の会があるのでと、その時の出だしに何を歌うか、高座の上から、拍手の数で歌の選曲アンケートをやったりと、やりたい放題なのに、和やかな笑が会場を包んでおりました。)そして、いつの間にか、落語に入っておりました。

◆ 彼が話した「生の落語は、演者と会場の人が、共同で作り上げるもの。」という思いが、高座を、豊かな空間にしているんだと感じた。笑いに押しつけがましさや、力技が感じられない。演者も聴いているボクらも、遊びの空間を漂っているような、安心感やゆったり感が、会場をゆらゆらと流れているとみたいだった。
小三治さんの落語二席。間抜けな泥棒を、元義太夫の師匠の女性が、色仕掛けで手玉に取る「転宅」。
ある男が、あくびを教える教室に入門するナンセンスな落語「あくび指南」。

こんなに楽しい高座ができるのは、自分を見失わない、ゆったりとした遊び感覚や、
独特の芸への思いがあるからだと、思った。
最高の、ひとときだった。

(「柳家小三治独演会」愛知・長久手町文化の家・森のホール 6月5日・午後二時開演)



本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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