2010 / 10
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余白いっぱいのページに、長田さんの詩がふたつ。
「花を持って、会いにゆく」と「人生は森のなかの一日」
ゆっくりゆっくり言葉を咀嚼する。
そして、グスタフ・クリムトという花と木々の命を、写しとったような
いつまでも、見ていたいような絵。

詩と絵が交互に、嬉しい時間をくれる。

何度も何度も味わえる。

長田さんが、あとがきで言っている。
「詩ふたつ に刻みたかったのは、いまここという時間が本質的に持っている向日的な指向性でした。心に近しく親しい人の死が後に残るものの胸に遺すのは、いつのときでも生の球根です。喪によって、人が発見するのは絆だからです。」(あとがき)

忙しくなる月の前の夜。仕事の資料に目を通しつつ、この詩集を見る。

茨木のり子さんの言葉が、ふと胸に沁みてくる。
「詩人とは、民族の感受性を、大きく豊かにするために、営々と、心の世界、感情の世界をたがやす人のことかもしれません。」(「うたの心に生きた人々」P10)

嬉しい「心のマッサージ」をくれる一冊。

(長田弘著 「詩ふたつ」2010.6クレヨンハウス)


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この言葉がとてもいいなぁ、憧れる。
「明察」とは「はっきりと事情、事態を見抜くこと。察しのよいこと」だと辞書にある。
でも、現実の自分は「明察」とは、ほど遠い所で、現実のあれこれの事態が飲み込めず、
ウロウロヨロヨロするばかり。
明快に真実が見えて、それに沿った人生の歩みができれば最高なんだけど…。
行きつ戻りつの、迷い道ってとこさ。
でもね、この物語は「天地明察」にいたる道は、やっぱ大変だぞってことを描いている。

◆これは江戸時代に、苦難の末に「大和暦」を確立していった渋川春海の話。
読み終えた今も「暦学」というものがよくわからない。
ただ、天地の運行を、先入観のない実証の眼・科学の眼でみて、それを反映させた暦を求めて
彼が生きたことはわかった。

言葉では簡単でも、それを行うのは至難の業だ。
時代の制約を様々に受ける。
囲碁を生業とする彼がその技能で、身分、数学、科学の時代的な制約を越えようと、打つ人生の布石が面白い。
周囲の、数学や囲碁の世界で独自の精神の自立をもった人との出会い。そこからの独創への刺激。
春海の才能を見抜いて支援してくれる人とのふれあい。
物語の後半に、出会ってから15年を経て寄り添うことになる「えん」との恋情もいい。
彼の人生は、人との交わりが、多彩で豊かだ。

◆順風で退屈そうな物語だと思った前半の印象が、後半のどんでん返しで、俄然面白くなる。
彼の挫折の痛みと、再挑戦の歩みの長大さ。
それを読みながら、人生の起伏も楽んじゃうような気分を
自分の中に育てられたらなぁと思った。

◆「天地明察」を求めていた、主人公の大事な思いが次の言葉にあらわれている。

人が惑うのは「…人が天を見誤り、その理を間違って理解してしまうからに過ぎません。
正しく見定め、その理を理解すれば、これこの通り」「天地明察です…」
(P444)

思い込みを廃して、天地に正答を見つける。
頭で、思っちゃいても、なかなか思いどうりにいかねぇのさ。(笑)
あわてないで「理」に目を凝らす。
そのために、どうすればいいんだろう?
それを考るのが「独創」というやつか。


(冲方 丁著 「天地明察」2009.11角川書店)


◆「免疫学者多田富雄の闘い」という副題がついている。
著者は、NHKディレクターとして、NHKスペシャルで多田さんを描いた表題の番組をつくった。
この本は番組制作の過程で、彼女が触れ、見、聞いた多田さんのことが書かれている。

ここのブログで、以前に多田さんの本をとりあげたことがある。
世界的な免疫学者だった多田富雄さんが67歳の時、脳梗塞で倒れて、
半身不随になり、声を失い、嚥下障害(食べ物を飲み下す障害)の重篤
な身体になった。

◆この本を読むと、日々がまさに闘いだったことがよくわかる。
退屈で地味で、重篤な症状が画期的に回復するわけではない淡々とした多田さんの日常。
それをTV番組にすることは、とても難しい。
悩みながら、多田さんに率直な質問をする著者の、文末のインタビューが印象的だった。
トーキングエイドという、多田さんが左手で打つタイピングが、音声になる機械を介した、ゆっくりの会話だ。

何が先生を支えているか?という問いに対いて

「何もかも失った」「それを突き詰めていくと、何かが見える」
それは「新しい、能力」で「能の作者になるとは思わなかった。」

あの時、倒れていなければと思わないか?という問いには、時々思うし悔しいと思うが

「しかし、今のほうが良く生きているとも思う」と答えている。

◆ここで多田さんが言っている「良く生きる」を形にすることは、並大抵ではない。
この本にでてくる「食事」の場面は、それが、楽しみとはほど遠い、大げさではない、
命がけの闘いだったことがよくわかる。
病気になってから、出版した往復書簡、能の台本、エッセイは、本人の言葉で「生き死にをかけて、書い」たものだったのだなぁと思う。

同じ病気になったボクにも日々が流れた、多田さんには遠く及ばない悶々と生きる日々…。
多田さんは、亡くなった。
でも、その生きざまには、ボクの命に力をくれるものが確かにある。


(上田真理子著「脳梗塞からの再生~免疫学者多田富雄の闘い~2010.7文藝春秋」)

◆(おはなし)
「24時間365日診療」を掲げる本庄病院はいつも満員。
主人公・栗原一止(いちと)は、ここで働きだして5年目の医師。
「変人だが、仕事熱心な医師」といわれながら働いている。

一止の、現実は厳しい。
睡眠を削り、食事もまともにとれず、休みの日もPHSで呼び出されて治療にあたる。
アパート住人との別れ。患者の死。
尊敬していた先輩医師の不治の病の発見と死など…。

◆(おもったこと)
この痛い現実にもかかわらず、明るく温かな空気が、作品全体を流れている。
漱石の「草枕」に心酔する一止の、年齢に不似合いな古めかしい語り口や、人間的な情熱とまっすぐな人柄、
そして、妻・ハルさんや先輩・同僚医師・アパート住人との交歓。患者の言葉。
人とのキラキラしたつきあいが、苦しくて哀しみが多い現実を、温かいものにしている。
読み終えるのが惜しいと思いながら、ページを繰る手が止まらなかった。

○魅力的な登場人物たちもいい。
同僚看護婦の東西。アパートの飲み仲間男爵。妻のハルさん。
尊敬する先輩医師の大狸先生。
大学時代の将棋相手で恋敵だった、東京から本庄病院に赴任してくるタツ…
いっぱいだ。

○居酒屋や飲み仲間と飲む酒の銘柄がいろいろ出てくるのも楽しい。
大好きな信州が舞台で親近感を感じる。

○印象的な「名場面」もいっぱいでてくる!
二巻目のP280のあたりなんざぁ…。
哀しくて、美しくて、切なくて…大好きな場面だ。

この場面の、こんなフレーズ。
「一瞬の奇蹟も刹那の感動も、巨大な時の大河のなかでは無に等しい…(中略)
時の大河の中では、人間の命すら尺寸の夢にすぎない。
だがその刹那にすべてを傾注するからこそ、人は人たることが可能なのである」


人生の、哀しさ、痛さ、温かさ、それに笑い。
それらが溶け合ってつくりだす豊かな物語。
「生きていること」が愛おしいって感じになる。

一止が愛読する「草枕」の冒頭のフレーズ
「とかくに人の世は住みにくい」
と思うとき、お勧めの一冊。

(夏川草介著 「神様のカルテ」2009.9 「神様のカルテ2」 2010.10小学館)

本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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