2011 / 04
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同じ武蔵野美大を卒業した後輩二人。
西原理恵子、リリー・フランキーとの対談。

ハチャメチャに見えて、繊細。
繊細に見えて、大胆。
そんな佐野さんの人柄が感じられる。


今まで彼女の「百万回生きたねこ」や、笑いすぎて苦しかった何冊かのエッセイを読んできた。
この本は、佐野さんが、リリーさんとの対談の続きを残して逝ってしまった絶筆ならぬ絶談の書。(次回のテーマは「エロス」だったとか。)
でも、亡くなってしまったというより、予定していた「旅行に行ってくるワ」と出かけていったような感じだ。

「百万回生きたねこ」のことを、平凡な人生の事を書いた本だといい。
その、平凡な人生を全うするのは至難の業だと言っている。

対談の「生きるということ」の章では「生まれてくるのも死ぬのも、自分の意志ではないわけでしょ。
生きるというのは、死ぬまでのひまつぶしという感じがするんです。」(P162)
と言っている。

ひまつぶしという語感は、脱力した生き様を感じさせるが、初めて絵本原稿を、売り込みにいった出版社でのエピソードが語られている。そこで、編集者から主人公を変えるように言われた佐野さんだが、出版しなくていいやと譲らなかった。その創作姿勢には、大事なことは貫く頑固ねえちゃんの姿が浮かんでくる。

素敵な「ひまつぶし」の時間を歩いて、旅に出た佐野さん。
お見事!

(「佐野洋子対談集 人生のきほん」2011.2講談社)

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(おはなし)
39歳のマキは、日常の暮らしの中で、誰かの代役を派遣する会社ORコーポレーション
に務めている。代表の松平によると明日を背負って立つ「若手」だという。
派遣されて演じる代役は、葬儀の死体役。多忙なセレブ社長の息子の母親。
夫の親戚との付き合いを任され偽の新妻。
老いた車椅子の老人と息子夫婦たちと、三ヶ月に一度一緒に食事をする孫娘など。
様々な依頼人たちの思惑が飛び交う…。
マキは、そんな日々にに呻き、時に歓びも感じたりする…。

(おもったこと)
設定がおもしろい。
脚本なき代役としてマキが生きる世界は、人生という劇場の世界。
喜劇、悲劇、心理劇でいっぱい。あたり前のことかもしれないけど
人って血がどくどくと肉体を流れているんだと改めて思わせてくれる。
嘘がホントで、ホントが嘘で…。
人生の舞台は、白か黒かと単純に割り切れない、たじろぎに満ちた迷いの世界。

偽物って何だ?本物の生き方って何だ?と、ふと思ったりした。

(安田依央著 「たぶらかし」2011.2集英社)

(おはなし)
ある日、役所勤めの富井省三が家に帰ると、家の入り口のドアの鍵穴がなくって家の中に入れなくなっていた。
彼は三年前に妻を病気で亡くし、子供ふたりは家を出て、今は定年前の一人暮らしの身だ。

家に入れずに、泊まる場所を求めて彷徨っていると、昔、妻に助けられたことがあるという乙という男に声をかけられ宿を提供される。
その後、今は誰も住んでいないはずの鎌倉の伯父の家にたどり着く。
そこは、子供の頃遊びに行ったことがある家だ…。

そんな中で、妻や子供たちのこと。伯父や曽祖父たちのことを思う省三の日々。


(思ったこと)
家族や連綿とした人の命のつながりの話を、時に不思議な話や幻影や夢の場面を取り混ぜ、
リアルな、生前の妻との会話や、ふとしたことで再会する娘・梢枝との会話を配したりして、
面白くて飽きさせない作品。

人生という劇場に登場し、喜怒哀楽の時を過ごしながら、やがて別れていく命の哀しみにも、
どこかほんのりと、人同士の鼓動が触れ合った痕跡が残っていく。

一瞬のような命だけど、でも味わって、感じとって生きていきたい。
そんなことを、思わせてくれる。


(絲山秋子著「末裔」講談社 2011.2)



本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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