2011 / 08
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おそらく、読む人の年齢や環境によって評価が分かれる作品。
ボクは、ここしばらく読んだ作家の中では一番好き。

「四十九日のレシピ」は三度読みなおした。
図書館で借りただけじゃ物足りなくて、鼻息荒く書店に走る。
「ください!ちょーだい!」と手に入れた。

今のところ「風待ちのひと」「四十九日のレシピ」の二冊の著作。
これからが楽しみ。

後で読んだ「風待ちのひと」がデビュー作。
「風待ちのひと」の解説の瀧井朝世さんが、伊吹さんのことを…

「著者は大人しか書けない希望と喜びを小説にしたためることができる人」
と書いているが、まさにぴったり。同感。



今回は、作品の内容は書かない。

「風待ちのひと」「四十九日のレシピ」どちらの作品も共通しているもの…。

大好きな、思い出がいっぱい詰まっている大切で濃密な人との別れ。その痛みや心の渇き。

この、ほとんどの人がであうテーマを描いた作品。

変わっていく環境や人。心の痛みとどう向き合うのか。


心が痛い時、寂しくて寒い時。

心の片隅に棲みついて、本当のことを話せる友だちみたいに、寄り添ってくれる一冊。

二冊とも読んだ、夢中になって。


(伊吹有喜 著「風待ちのひと」ポプラ文庫2011.4「四十九日のレシピ」ポプラ社2010.2)

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高校野球の季節にピッタリじゃん。
店頭でみて、高校野球が出てくる「青春スポーツ小説」と
紹介されていたので、読んでやろうと入手。

(話はというと)

勤め先から、地方への転勤辞令が出た青野雅人が恋人の佐和子に
そのことを告げると、彼女は、今まで言わなかったけど、高校時代に二人は出会っていると告げる。しかし彼は、その事実を、しばらく思い出せなかった。(後でジワジワ思い出す。)

その高校時代、彼は甲子園の常連・京浜高校の野球部員だった。
そこは「野球の上手い奴らが絶対の正義」という雰囲気の、全寮制の高校だった。
彼は、そこでは珍しく一般入試部員として野球部に入る。
同じ一般部員の親友ノブと、野球に明け暮れる日々だった。

高校の空気に馴染めずに、野球を辞めたくなった時も父の手紙や、ノブと励ましあいながら野球を続け、甲子園の代表選手の枠に補欠で入る。

野球漬けの日々の一方、合コンも毎週のように酒場で繰り返していた。
当時は、いつどんな女性と出会ったのかも覚えていないほどだった…。

社会人になった現在と、高校時代の回想が行き来する「恋とスポーツと友情」小説。

(思った)

なぜ、今の恋人・佐和子との出会いを雅人は忘れていたのか?
なぜ彼女は高校時代に出会っていたことを、彼に秘密にしていたのか?
推理仕立ての冒頭から、グイグイと引き込まれていく。

スポーツものとしても、恋の切なさ熱さを描いた作品としても、読んでいて、心を揺さぶり、あつくさせる場面がいくつもある。
部員たちとの友情、特にノブとの関係や、父と雅人との交流も、印象に残る。

本の題名の「ひゃくはち」は、一般的には、人の「煩悩の数」といわれる。
この作品では、それは「祈りの数」でもあり「希望の数」でもあるんだと思った。


偶然出会ったこの本。一気に読んだ。 

(早見 和真 著「ひゃくはち」集英社文庫2011.6)


執事・影山のセリフを借りて感想を言えば、見出しのことば。

セレブなお嬢様刑事・宝生麗子と、これまたジャガーで事件現場に駆け付ける、セレブな風祭警部のコンビ。
麗子から事件の概要の説明を聴いただけで、事件の核心をズバリ突く宝生家の執事・影山。
辛辣な影山のセリフが笑えた。六話の事件帳。

読んで、暇つぶしになった。
軽くて現実離れしていた。
読後、な~んにも、心に残らなかった。

小説は、上の三条件をどんなふうに含んで、描いても自由だ。
欠点は逆の面からみると、利点と思うこともできるけど…。

でも、物足りなかった。
ミステリーの魅力も今一つ。この作品の感想はそんなところ。
読書は、好みでするものだけど…。

これがあの「本屋大賞」に選ばれる作品とは…。

(東山篤哉著「謎解きはディナーのあとで」小学館2010.9)

今回は、音楽。

この歌、紅白で歌われたり、ドラマになったり、本になったり。
有名な曲だけど、このアルバムの一曲が一番好き。

ぼくの大好きな、押尾コータローが演奏して、彼女が歌う、アコーステックバージョン。
押尾さんの生フォークギターとのコンビがとってもいい。

人肌の温かさが、伝わってくるみたいだ。
おばあちゃんと一人の女性との関係を歌いあげている歌詞もいい。

昔、山田洋次の映画の中で、トイレをピカピカにすると気分もよくなるというような
内容の詩が、無骨な感じの先生に朗読される場面があった。
あれは誰の詩だったのか思い出せないけど印象に残った。
この詩のほうがスマートだけど、毎日世話になるトイレを綺麗にすると、人の気分もスッキリと綺麗になる気がするという点では共通している。
初めてこの歌を聴いた時に、その映画の場面を思い出した


彼女の声が生ギターと、溶け合って何度も聴いた。
オーケストラやバンド演奏もいいけど、生ギターと彼女の声のシンプルな組み合わせが好きだ。

(以前、酔っぱらって、この原稿を書いた。翌日読んだ。支離滅裂だった …スマヌ、スマヌ…。
で…改稿 ってやつです。)

(植村花菜「トイレの神様」アコーステックバージョン)


この、どお~ってことないような小説が、すごいぞっ。

高校一年生になった三人が、同じ高校で出会って
ふとしたことから、園芸部を再興して一緒に、花苗を育てるって小説。

一人は、幼い頃母が亡くなって父子家庭で暮らす篠崎達也
眉毛が薄く人相が悪く、ズボンを落としてはいている訳ありの大和田一平
目と口の部分に穴をあけた、段ボール箱を頭にかぶって、学校の指導のもとに相談室登校
を密かにしている庄次善男(大和田が面白がってつけたニックネームがボックスボーイこと「BB」)。

枯れかけていた植物に、篠崎が水をやったら植物が元気になって感動する。
成り行きで入った園芸部の活動として、篠崎と大和田が遊び半分で、面白がって昼休みに
前の園芸部が残していった、植物に水やりを始める。
学校の喧騒から離れた園芸部の空間で、二人は箱を被った珍妙な男BBこと庄次と会う。
彼は自分の存在を他言しないでほしいと、二人に言う。
交換条件として、面白がって彼を水やりに誘う大和田。

園芸は、水やりだけじゃなく水をやり過ぎると「根腐れ」とうい過剰な水やり事故もある。
ジョーロには「はす口」という雨を先端で降らせるような部分があり、それには訳があると植物に詳しいBBに、二人は教えられる。
やがて二人は、図書館で園芸の基本をあれこれ調べだす。
水やりは、土を湿らすためでなく、植物の根の呼吸を助ける新鮮な空気を供給するためとか。
「水やり」は場所や季節、土の湿り具合をみてすることが大事など。

昼休みの活動から放課後の活動へ、夏には合宿も…。
さてさて、三人の園芸少年は…。

(思った)

魚住さんいいなぁ。シンプルなのに、味わい深い。
三人の造形や掛け合いが、笑わせたり、しんみりさせたり、あれこれ考えさせてくれたり…。

BBが、なぜ箱を被って密かに登校しているのか。
大和田が薄い眉とズボンを落としてはいているのか、彼に付きまとう中学時代のツレたちとの経緯。
篠崎の日常や父との会話。

他におもったこと。
「育つこと」を新鮮な目でとらえ直したいなってこと。
育つことは「待つこと」でもあるんだなってこと。

何かが育つことは、本当は、とっても感動的なこと。
例えば粉みたいな種をまいて、何日も経過する。けど、芽は出てこない。
種蒔いて水やれば、簡単に出てくるはずななのに…。
やっと顔を出した芽は、目を凝らさないとわからないほど小さい。
その芽を、植え替えて花に育てる。この待つ時間と、育つ過程。
それに感動する彼らの感性。おじさんのボクは忘れがちだ。
育つ現場に立ち会うことで「育っていく変化」を心と身体が感じとって感動が生まれてくるんだなぁ。


花や植物だけじゃなくて、人が生まれて生きていくことも似ている。
がんばっても、失敗を繰り返す苦悩や嘆き。平凡でいやになるような、変化から遠いような日常。
待たされるのが嫌になるような時間の中に「育つこと、感動すること」の種は、ひっそりとあるのかも。

魚住さん サンキュ!二度読みしちゃったよ。


(魚住「直子著「園芸少年」講談社2009.8)


本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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