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アカデミズムの哲学者じゃなくて、子供たちを学習塾で教えながら、
ヘーゲルなどの翻訳や、エッセイを書いている長谷川 宏さんの本を読んでみた。

◆ 最初の章「生活と哲学とのあいだ」で、章の元になる講義の後の参加者とのやりとりで、
こんなことを言っている。
「現にあるこの世界に違和感を持つこと、あるいは、現にいま生きている自分たちの生き方に根本的な疑問を感じること、そこに哲学の出発点はある」(25)
な~るほど。
現実にドップリだったり、すり寄って生きているだけじゃ、哲学的思考は生まれないのだね。

続けてこんなふうに言う。

哲学に取りつかれるのは、日本では利口な生き方ではない。
「いまある世界や、いまある生きかたにうまく合わせて生きるのが賢い生き方であって、違和感や疑問にこだわるのは融通の利かない偏屈な生き方だとするのが、世間一般の常識ですから。」
哲学にかかわる自分自身を、うさんくさく思わないでもない。
などと言っている。
でも、そこに在野の哲学者・長谷川さんの、自負とユーモアを感じるのだ。

◆ この本には、子育てのことを書いた章もある。
その中で、松田道雄さんの「育児の百科」を紹介している。
こんな一節があった。
「いちばん大事なことは、赤ちゃんのきげんのいいときの顔をおぼえることである。」(48)
それができるのは世界中で母親だけだと。この言葉すごいなぁ。
子育てに不安をもつお母さんに、子育ての「本質」を、わかりやすい言葉で語りかけて、励ましがいっぱいだ。(父親への苦言や注文も別のページで紹介されていた。)

松田さんのこういう言葉が「哲学の言葉」なのかも。

(長谷川 宏著「哲学塾~生活を哲学する~」(双書「哲学塾」15冊の一冊)2008.9岩波書店)

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本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
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