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多田富雄さんが、亡くなった。
彼を、知らない人も多いかもしれないけど、ボクにとっては特別な人だった。

世界的な免疫学者だった彼は、2001年・旅先の金沢で、突然「脳梗塞」を発症した。死線を彷徨い、右半身が麻痺し、言葉を失い、物を食べられない嚥下(のみくだすこと)障害になった。重度の障害が残り、発病直後は絶望の思いで、死ぬことばかりを考えていたと、以前このブログに感想を書いた「寡黙なる巨人」(集英社 2007.7刊)のなかで、書いていた。
ボクも、同じ病気になった。
リハビリを続けながら、手に入る限りの本を読み、彼の言葉を何度も読み返した。

◆ この本は、主に発病後発表した(二章「姥捨て」のみ1998年)自伝的エッセイ集だ。前半の一章「春楡の木陰で」に記されている三つの文章は、世話になった下宿の人々。下町の居酒屋。中華レストランで働いていたチエコとの出会いのことなど。彼が1964年に留学したアメリカで出会った人や出来事が記されている。
良質な青春の短編小説のようだった。

二章「比翼連理」に収められている9編には、発病して以降の日々のことや、学生時代の下宿のことなどが語られている。献身的な妻との過去と現在の日々。以前からの病気に加えて発症した「前立腺癌」への対応と思い。
学生時代に小林秀雄に心酔し友人と同人誌をつくり、縁あって知った白洲正子のこと。妻との旅のこと。

◆ 中で「いとしのアルヘンエィーナ」という一文に、発病して目覚めてからの苦しみのこと。
内科医だった妻が職を辞めて彼に注いだ献身的な看病が、自死を思い止まらせる大きな理由だったことが、
率直に書かれている。

発症してから、鶴見和子(「邂逅」2003藤原書店刊)柳澤桂子(「露の身ながら」2004集英社刊 2008同文庫化)石牟礼道子(「言霊」2008藤原書店刊)らと往復書簡を交わした。詩集をだした。新作能の脚本を五つ書いた。
それらの作品から紡ぎだされる言葉は、命の精一杯の羽ばたきから、生まれてきたんだと思った。
手にした本を読みながら、胸が熱くなった。
そして、2006年、国が改革の名目で、病気の人たちのリハビリ日数の制限をしようとした時、抗議し、
同じ思いを持つ人たちと、反対署名を国に突きつけた。

◆ 発病から8年を経た心境の変化のことを、次のように述べている。

「半身が動かなくても、言葉がしゃべれなくても、私の中で日々行われている生命活動は創造的である。
そう思って自分の変化を見れば、まるで新しく生まれた生き物のように、毎日変わっていく自分を発見する。
麻痺に慣れるのも、適応して行動するのも命の可塑性による。
それならば、死ぬはずだった自分の命の限界まで生きてから、この地球からおさらばしようと思い始めた。
(P183)
そして発病前より「ものごとを深く考えるように」なり、「他人のことも、以前より理解できる」ようになったと書いている。

命の日々を研ぎ澄ますこと。
そして想像力と創造力のことを、その生きる姿で教え、考えさせてくれた。
本でしか知らないあなただった。でも、最高の先生だった。

ありがとう!


(多田富雄 著 「ダウンタウンに 時は流れて」 2009.11 集英社)


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本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
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