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標題は、親しみをこめて呼ばれた正岡子規の愛称
教科書で習った俳句「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」短歌「甁にさす藤の花ぶさみじかければ、たたみの上にとどかざりけり」が作中に出てきて、彼の作品だっんだと改めて思い出すようなボクにとって、彼は知識のない、近寄りがたい遥かな歴史上の人だった。
でも小説を読んだら「正岡子規」(本名常規)というより、「ノボさん」と呼ぶのがぴったりだと思った。

章ごとの題名が面白い。
「ノボさんどちらへ?べーすーぼーる、をするぞなもし」
「初恋の人。子規よどこへでも飛べ」
「漱石との出逢い。君は秀才かや」
「血を吐いた。あしは子規(ほととぎす)じゃ」
「漱石との旅。八重、律との旅
」「鴎外との出逢い。漱石との愉快な同居」
「子規庵、素晴らしき小宇宙」
「友は集まる。漱石、ロンドンへ」
「子規よ、白球を追った草原へ帰りたまえ」
の9章からなる。

日本に入ってきたばかりのべーすーぼーるに熱中し、誰からもノボさんと慕われ愛された彼が、とても親しみ深い人物に感じられた。互いに認め合う友人、夏目金之助との出逢いが興味深い。子規の俳句の弟子を自認してつけた彼の俳号が「夏目漱石」で、中国の故事からきているということも、初めて知った。
俳句の大系を作ろうとする子規の姿勢に、俳句は「隠居の遊び」だと決めつけている人が多いが、子規は「日本人が手に入れた崇高な創作物だと」信じていると、漱石が感じ取る場面があって、子規の俳句にかける気概と彼を見つめる漱石の思いが感じられて印象的だった。
歌論をしようと訪れた伊藤左千夫が、子規の印象を「話はじめるとその人は流麗で社交性に富み、少しも飾るところがない」348と一目惚れをする。子規の人柄が伝わってくる。


36歳という年齢で亡くなった子規。何より病による体の痛みと闘い続けながら、本当のものを探し続けた姿は、自らの雅号▪子規(ホトトギスの意味)と命名した決意のように『血を吐くがごとく何かをあらわそうと』鳴き続けた人生だった。
時を越えて、生命というものを感じさせてくれた一冊。


( 「ノボさん~小説正岡子規と夏目漱石~」 伊集院静著 講談社 2013.11)




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本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
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