2017 / 08
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生きてきて彼が出会った何人かの男たち、その生き様。そして別れ…。

作者の思いが出ている一節。

『まっとうに生きようとすればするほど、社会の枠から外される人々がいる。なぜかわからないが、私は幼い頃からそういう人たちにおそれを抱きながらも目を離すことができなかった。その人たちに執着する自分に気付いた時、私は彼らが好きなのだとわかった。いや好きという表現では足らない。いとおしい、とずっとこころの底で思っているのだ。

社会から疎外された時に彼等が一瞬見せる、社会が世間が何なのだと全世界を一人で受けて立つような強靭さと、その後にやってくる沈黙に似た哀切に、私はまっとうな人間の姿を見てしまう。』
(P378)

エイジ、三村、木暮などの人間像。特にエイジの放つ人間としての光の強さに、人の魅力とか、本気の生き方とかを思った。

そして、人の命の時間の、愛しさ、苦さ、哀しさが、作品全体に漂っていた。
読むそばから、深く深く心に沁み通ってくる、言葉の色気のようなもの。

出逢えて、読めて、嬉しかった感謝の思いに尽きる一冊。


(「愚者よ、お前がいなくなって淋しくてたまらない」伊集院静著 集英社2014.4)



大好きなファッション雑誌の編集に憧れて、やっと入社した景凡社。
河野悦子(こうのえつこ)という名前にピッタリだと配属された先は、希望と異なる「校閲部」。
しかも、関心のない文芸作品を担当させられる。ゲラ原稿を読んで誤りを訂正する地味な仕事をこなしつつ、希望部署への移動を目指して奮闘する校閲ガールのドタバタな日々。

「第一話 校閲ガール!?」
「第二話 校閲ガールと編集ウーマン」
「第三話 校閲ガールとファッショニスタとアフロ」
「第四話 校閲ガールとワイシャツとうなぎ」
「第五話 校閲ガール〜ロシアと湯葉とその他のうなぎ」
「エピローグ 愛して校閲ガール」。


コメディタッチで笑える場面満載の一品。第一話は大辞泉、第五話は広辞苑と五話夫々に異なる種類の辞書の「校閲」定義がのっていて、言葉を扱う話にピッタリ。同じ部の女子っぽい男・米岡光男、悦子が担当するエロミステリー作家・本郷大作、本郷を担当するテキトー編集者・貝塚、悦子の同期森尾、藤岩、先輩の今井、近所の不動産屋で、いつも悦子の部屋に出入りする木崎加奈子、イケメンモデルで覆面作家の是永是之など個性的な人物たちと巻き起こす事件が楽しい。初めはピンとこなかった校閲の世界が少し見えてくる悦子。

「文芸の校閲がやりたくて出版社に入った米岡は、日本語をより正しく美しく整えてゆく作業にエクスタシーを感じるという。その感覚が聞いた当初は判らなかったが、今日初めて判った。ファッションに存在するルールは季節ごとに変わり、そのルールを学ぶためのものがファッション雑誌だ。文章に存在するルールも、媒体や筆者ごとに変わる。ルールを学び、体現していく作業。悦子にとって遥か彼方、というか別の宇宙に存在していたファッション雑誌と校閲が、今日、ごく細い糸でだが、つながった。」(P220)

過度な化粧や、業界のPRにのせられた、やみ雲なブランド志向のファッションはどうかと思うけど、より豊かな生き方を探して自分を整えることは、アリだと思う。完璧な人間はいない。いたらない自分や弱さを直し整えていくために、ファッションも校閲もあるのかもしれない。

「校閲」人を信じ高めようとするもの。
良く似た行為に「検閲」がある。人を疑い秘密にするため事実を隠そうという考え方。先の戦争で「検閲」しまくった「治安維持法」の思想と今の「政治屋さんたち」が進めようとする「秘密保護法」はウリフタツ。隠したい法律の先には戦争する国作りと、「死の商人国家」への志向が透けて見える。戦争は政治に無関心な人の人生も、強制的にメチャメチャにする。好きな本ぐらい、楽しく、読ませてくれぃ!

お~っと、ダッセン!
「校閲」で文章をもっと美しく整えようという情熱が、名作を、より熱く面白くしているんだね。
本好きとしては、「校閲ガール」にも、ボーイにも感謝デス。

(「検閲ガール」宮木あや子著(株)KADOKAWA 2014.3)


◆26歳になった神田早季子は、合コンで出会った男と刹那的にホテルに行き身体を重ねる日常だ。彼女は、左目だけ近視で乱視の「不同視」。その視力の不安定な状態が、この世界の脆さを感じさせ、さめた人生観を持たせる。11歳の時に出会った、吉住からも大きな影響を受ける。彼は成績、スポーツ、人柄など何もかも奇跡のような完璧な男に見えたが、同じ「不同視」からくる独特の人生観を早季子に語る。彼女は、日ごろは見えにくい彼の寂しさを抱えた魂に触れ、共感し好意を寄せる。
彼曰く…

身体があるかぎり、人は一人ぼっちで、寂しいのは当たり前。嫌なことがあったら右目を閉じて、乱視の左目で見るとぼやけて見えて、ほっとする。

大きな存在だった彼だが、中学生になってコンタクトレンズで視力を矯正してから、寂しさを捨てた彼になり、11歳の頃の吉住は居なくなったという喪失感を持つ。それ以後早季子は、大人になってからも、共感できた11歳の頃の吉住のことを考えたり、心の中で話したりする。

社会人になった彼女は、友だちに誘われ人数合わせに参加した合コンで、自分と同じような「不同視」の男の話を聞き、強引にその宮内正治と知り合う。アイドルの追っかけに忙しいという彼と話すために、宮内が参加するイベントに同行することになる。外見も、性格など、あらゆる面で吉住と異なることばかりの彼という人間。そして、自分との違いばかりが気になるが…。

◆◆表題の「左目に映る星」の左目は近視で乱視の目。世界に対して早季子が抱く「脆さ」「異なるもの」「直視したくないもの」の象徴のように登場する「目」に星が映るという表題の意味。
それはヒロインが、それまで抱いていた人生観を越え出て、文字どおり新しい目を開いていく姿を描いた物語なんだと思った。


人に宿る熱を感じて、受け止めていくこと。
自分以外の人の心の痛みと、自分の哀しみが無縁ではないと知っていくこと。
自分から相手を知ろうとすること、そして相手に知ってもらうこと。
その日々の姿は、早季子の心に痛みをもたらしながら、本当の何かがほしいという、一途で切実な彼女の思いが伝わってくる。
不自由さや脆さの中に美しい光があることも、示唆していると思った。

自分のことを知る困難、人の真実に思いを巡らせて、知っていくことの難しさ。
でも、早季子がたどり着いた次の言葉のように歩けたらと思う。


「伝わらなかったならば、また言えばいい。いつだってどこでだって、何度だって言えばいいのだ。」(P168)

最後の場面、いい映画のラストシーンを観ているようだった。

( 「左目に映る星」奥田亜希子著 集英社 2014.2)




「ウエルカムの小部屋」「彼女の彼の特別な日 彼の彼女の特別な日」「17レボリューション」「本物の恋」「東の果つるところ」「本が失われた日、の翌日」「ブレノワール」「ヨハネスブルグのマフィア」「気分上々」の9編。ショートショートから、中編小説まで、森さんの洒落たセンスが楽しい一冊。

特に好きな作品は…。

◆「彼女の彼の特別な日 彼の彼女の特別な日」
二人の男女の出会いを、それぞれの視点から描いている。女は、大好きだった彼の結婚式の帰りに。男は大好きだった祖母の法要の帰りに。共に喪失感をかかえ、初めて一人で、バーに立ち寄った彼と彼女。その心の交感が優しい作品。4ページ二篇が対をなす物語。前者は雑誌に、後者は同じ頃ネットで公開。

◆「17レボリューション」
「自分革命」を起こしたいと、高校生の千春が17歳の誕生日に、突然親友のイズモに、一年間別れてくれと絶交宣言をする。それは何故?その決意の顛末は?
千春は「イキがいいか、悪いか」の価値基準で友達を作ると決めてイキのいい瑞穂たちと付き合いだす、曰く「これからは順風だ…よっ社長日本一、だ。」と、思ったのだが…さてさて?

言葉のテンポが歯切れいい、小説を読む楽しさがテンコ盛り。突然の絶交宣言に対して、イズモから千春に寄せられた手紙。古風な文体、渋すぎる言葉にイズモの人柄や、惚れっぽい千春の性格も語られている。手紙の言葉「悶絶躃地(もんぜつびゃくじ)」「緊褌一番(きんこんいちばん)国語辞典をひき、また笑った。

これ、どんな友達を持つべきかって話。それって、どんな自分になるのかってことでもある。
大笑いの話の中に、今世間で流っている人間観、友だち観、恋愛観に?マークが。それってホントにダイジョウブ?と。面倒でも、人や出来事は、自分で当たって考えろ。深く相手を思う野太い人間力を創ろう信じようという思いが流れていると思った。千春が惚れて、ふられたと思っていた真野信輔。彼の「薄暗くイキのよくない人間性」が、実はすごかったりする。面白い味わい深いキャラ!

◆「ヨハネスブルグのマフィア」
会社が倒産した傷心旅行で南アフリカとタンザニアへの旅のために、黄熱病予防接種を受けに東京港湾合同庁舎にきた四十路を前にした女性。注射に長時間待たされて、イラついているその場の空気の中で、一人悠然とした男が気になる。ページを一度もめくっていない洋書を手に「待たされること」から、一人解き放たれたような男の態度に魅了される。検査が終わり「あのさ、憂さ晴らしにこのあと、ちょっとビールでも飲んでいかない?」彼から声をかけられる。
看護師から「くれぐれも本日の飲酒と運動は控えてくださいね」と注意されていたのに、その二つの事を、その夜のうちに破ってしまう…。

四十路を前に激しい恋に落ちた女の話。二人で飲みながら彼が話す旅先で遭遇したヨハネスブルグのマフィアの危ない匂いとプロの手口。そのマフィアの手法と、彼女の心を奪う恋の手法の鮮やかさがダブる…。


ワクワクさせる男の人物描写、のめり込む女の恋心。
熱くて甘い恋の話。


多面的な楽しさを満喫できる一冊。「気分上々」な読み心地。

「気分上々」森絵都著 角川書店 2012.2)

◆「放浪記」などの作品を残した作家・林芙美子の戦中戦後を描いた評伝劇。
「戦争は儲かる」という世情にのせられて、人気作家という立場から「軍国主義の宣伝ガール」として"太鼓たたいて笛を吹く"ように、文章や講演会で戦意を煽りまくった。しかし昭和20年3月シンガポールなどの戦場を見て帰国後の講演で「キレイに敗けるしかないでしょう」と発言、小説も随筆も書かず、国策のラジオ放送にも出なくなる。

儲かるはずの戦争が、ひもじい子供たちをうみ、餓死者山積みの兵隊を、空襲による一晩十万人の死という現実を生みだした。それを、目の当たりにした芙美子は、戦争は「儲け」ではなく、悲惨と涙を強要するものだと気がつく。
戦後は、自分が誤った戦争を煽ったことを反省とお詫びを込めて、戦争の悲惨、苦しさを、弱い心臓をいたわりながら、徹夜で書き続けて持病が悪化して、亡くなる…。

◆◆重く哀しい物語が、歌と踊りのミュージカル仕立てで、随所に笑いがおこり、観劇の楽しさに溢れていた。
こんな劇中歌が出てくる。観客席の前列中央で、ピアノを弾く朴勝哲の演奏も素晴らしく演者と絡んだりしてライブ感満点。
 ♫ ひとりじゃない 心の声に耳をかたむけるなら
ひとりじゃない
真昼の木蔭 
真冬のストーヴ
春なく小鳥
秋の果物
みんなきみのため
雨が降っていても 雲の向こうではお日さまがやさしく輝いてる
それもきみのため ♫


歌に人間への愛しさが溢れていて、ストーリーの哀しさにもかかわらず、人間っていいなぁと思う。本で読んだ戯曲も充分面白いけど、そこに、俳優たちが、人間の息吹をリアルに吹き込む。初めて観た「こまつ座」の舞台はサイコーだった。
大竹しのぶ は芙美子役を、状況によって、可愛い高音の声から、ドスの聞いた低音まで演じわけて歌もセリフも七色の輝きがあった、年齢不詳の天才役者って感じ。
母キク役の梅沢昌代は、ちゃっかり逞しい役が楽しい。
木場勝己
は、レコードプロデューサーから内閣情報局に変わり、戦後はアメリカの音楽民主化主任とコロコロと無批判に時代に合わせる三木孝役を好演。
神野三鈴は、行き場のない子供たちを守ろうと活動する、島崎こま子役を真面目に演じ抜き。
山崎一
は行商人から特高課刑事、戦後は新宿署勤務と時代に合わせる加賀四郎を演じた。
阿南健治
は、土沢時男を好演。彼は、行商人から遠野で婿養子になり農業をしていたが、出征し実家に戦死公報の通知があったが、実は生きていて、復員してみれば、再婚して子供もできたという妻と別れる。芙美子たちと再会し、その哀しみと芙美子の物語に助けられたことを語る場面に真情が滲んでいた。

「戦争は儲かる」という考え方は、過去のことじゃなく、この時代にも、世界のあちこちにある。
そして、戦争の始まりは美しい言葉から始まる。武力増強の理由。なんで戦争が必要なのか。「平和の為に戦争が必要なのだ」と…???
戦争ゲームのような安全地帯もなく、リセットのきかない。一つだけの、一度だけの生命が、狙い狙われ、奪い奪われる戦争。個人の人生を、無茶苦茶にする。


戦後、林芙美子が悔やんだようなことのない国であって欲しい。
人気作家が、国家統制に力を貸したり、「軍国主義の宣伝」ボーイにもガールにもなって欲しくない。
ある人気作家が、先の都知事選の応援で異なる信条の人に対して「人間のクズ」などと叫んだこと。
哀しく情けなかった。
面白い本を、いつまでも自由に読める国であって欲しい。

井上さんのこの戯曲、こまつ座の演劇。深くて大きな物語が、わかりやすくて楽しい会話と、歌や踊りの中にギュッと詰まっている傑作。


( 「太鼓たたいて笛ふいて」 井上ひさし著 全芝居その六所収 新潮社)



ヒロインの梨花という人間の中に、相反する二人の自分が住んでいる。
罪を否定し憎む自分と、物欲を万能の神のように感じ、身を委ねて自分の存在感を感じる自分。
わかば銀行支店に務める41歳の契約社員の梅澤梨花が約一億円を横領して、海外へ逃亡する。
彼女は、なぜ事件を起こしたのか?逃亡の行方は?

梨花の日々や内面を描きながら、かつての中学・高校のクラスメートの岡崎木綿子。梨花と男女の付き合いをしたことがある山田和貴。料理教室で知り合い、料理本の出版社で若い主婦をターゲットに刊行した雑誌の編集をしている中條亜紀。夫・正文との生活。営業で家を訪れる梨花に、ネックレスをくれて食事に行こうと頻繁に誘う70歳代半ばの顧客・平林孝三。その孫で、梨花が恋に落ちる相手・平林光太などの、梨花の周辺の人物たちとの関わりや、当人たちの生活を描いて金や物欲と人間の関わり、心の揺れを重層的でリアルに描きだしている。
梨花が一線を超えて、エスカレートしていく姿にドキドキする。

梨花の行動と共に様々な人物が描かれる。
中でも、中條亜紀が出てくる最後の場面は心に残る。
「銀行のお金を着服した梨花を亜紀は思う。事件のことを知ってから、まるで彼女が自分の内に棲み着いたかのように、亜紀は梨花のことをよく思い出す』 (P312)終章で、亜紀が離婚して別居中の夫と暮らす娘・沙織と時々会う。亜紀が、沙織との関係の変化に涙する場面は、この物語のテーマの一つと思われる金や物欲に翻弄され、形あるものだけに心を拘束される人の弱さや哀しみを描いていて印象深い。


自分の存在感を、物欲や紙幣だけに支配されてしまうのは哀しい。
それはパックリと口を開けて今の時代に大手を振っている、ひとつの価値観。
自分の中にも矛盾や弱さが棲んでいる。誰の身にも自然のきらめきを放つ本物の月ではなく、空虚な「紙の月」を見上げる可能性が潜んでいる。
そんな時代だから、チビチビと盃片手に、本物の月を見ながらゆったりするのがいいなぁ。

読み応えがあって、いろんなことを思わせてくれる角田さんの傑作


( 「紙の月」角田光代著   角川春樹事務所2012.3)

この本を読んだのは、TV番組でマララという少女のことが紹介されていたから。
その少女が、国連演説で武力ではなく教育の大切さを堂々と説く姿に圧倒された。

今の日本では考えられないが、女性は学校に行ってはいけない。音楽も踊りも禁止と唱える大人達がいる国がある。マララたちが住んでいる、パキスタンのスワートはタリバンの拠点。そこで何が行われてきたか、そこに住むマララたちの日々と思いが綴られている。
わずか15歳の少女が、2012年10月9日通学途中タリバンの少年に銃撃された。タリバンの命令「女子は学校へ行ってはならない」という命令に、彼女は外国メディアなどで異論の声をあげ続けた。そのただ勉強がしたいと願う少女の思いを、命と共に抹殺しようとしたのだ。
彼女や女子校を経営する父親には、脅迫が以前から行われてきた。

彼女の抹殺は失敗した。イギリスの病院で治療したマララは手術により機能を回復し、逆に全世界の人々からの励ましの声が彼女に寄せられる。彼女は国連演説で述べる。
「わたしたちは平和と教育を目指す旅を続けてゆきます。(中略)本とペンを手に取り、全世界の無学、貧困、テロに立ち向かいましょう。」と述べ、タリバンやテロリストの子供達も含む、あらゆる子供が教育を受けられることが望みだと語る視野の大きさに驚かされる。

この本は、イタリアのジャーナリストである著者が、マララが匿名でイギリスBBC放送で自国の現状を知ってもらうために書いた日記。ニューヨークタイムズのドキュメンタリー、襲撃の事件前後に、マララや父親が応じたインタビューを元にまとめたものだという。難解な漢字を避けた、マララと同世代の人も読みやすいように書かれている。

音楽禁止、踊り禁止、女性の服装の指定や教育の禁止。命令に背いた人を公開処刑して広場に並べるタリバン(イスラム原理主義グループの民兵)の非情な手法。

一番強く思ったこと。それはマララや父親の勇気とそれを支える外国メディアのこと。マララという15歳の少女の自己教育の到達点のすごさが心に残る。

強権で脅し、武力で人を押さえつける考えで人は幸せになれないことを彼女は世界に向かって語りかけている。人が尊厳を持つこと。勇気を持って語りかけること。教育の力と人間を信じること。
いくつもの、人間の声が本の中から語りかけてくる。
オススメの一冊。


(「武器より一冊の本をください~少女マララ・ユスフザイの祈り~」ヴィヴィアナ・マッツァ著 横山千里訳 金の星社2013.11)

本命くじら

Author:本命くじら
 本が好きです。自然も好きです。
人間という生き物にキョウミシンシン!
本は快楽。本はエネルギー。…ってことで。
 よろしく!

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